第2話

 パタン、と軽い音を立てて扉が閉まった。

 可愛らしいメイド服を着た少女が、静かに部屋へ入ってきた。

 白みがかった銀髪に赤い瞳。どこか、兎のような印象を与える外見。

 彼女は穏やかな表情を崩さずに、ベッドで眠る少年の顔を覗き込んだ。

 彼は深い眠りの中にいて、規則正しい寝息を立てている。


「よかった……まだ起きてない」


 そっと胸をなで下ろした。

 彼は気分屋で、感情の起伏が激しい。

 特に昨日の荒れっぷりは、屋敷中の使用人たちが震え上がるほどだった。


(本当に……このままずっと眠っててくれればいいのに)


 穏やかな寝顔を見つめていると、ミリアムの口元が少しだけ緩んだ。

 起こすのが惜しくなって、ほんの少し迷ったあと、彼女は枕元にしゃがみ込む。


「レクス様……起きてください……朝です……。レクス様……。……起きてください。……いや、怒るなら……起きなくても……いいですけど……?」


 少し大きな声で呼びかける。だが返事はない。


「も、もういいかな。……私、頑張ったよね?」


 左右を見回して心が折れかけた、そのときだった。

 少年の瞼がゆっくりと開いた。



 ――ここは……?


 目を開けた瞬間、見覚えがあるようで、どこか違和感のある天井を見ていた。

 視界の端には、銀髪の少女が恐る恐るといった様子でこちらを覗き込んでいる。

 どこか見覚えがあるようで見覚えがないような少女だ。

 彼女は目を丸くし、口元を手で覆った。


「あ……おはようございます……レクス様」

「レクス……? 俺のことか?」


 呼ばれた名に少しだけ戸惑った。


「え、ええ……そうですけど……」

「俺が……レクス?」

「え……はいそうですけど?」


 不思議そうに首を傾げる少女。


「そうか……それで、お前はミリアム、だな?」


 口から自然にその名を呟く。


「……は、はい?」

「……じゃあ……あれは、夢じゃなかったんだな」

「夢?」

「そうだ。鏡だ……」

「鏡?」


 要領を得ない様子のミリアムを他所に、俺は慌ててベッドから飛び起き、姿見へと駆け寄った。

 鏡に映った顔を見た瞬間、言葉が漏れた。


「やっぱり……俺だ」

「はい?」

「少し待っててくれ。今、非常に重要な確認をしている」


 金色の髪がさらりと流れ、碧い瞳が光を反射する。

 いくつか角度を変えて確認するが……どこからどう見ても、美形だった。

 ミリアムが不思議そうな顔で俺を見ているのが、鏡越しに分かった。


「……しかし、格好いいな……」


 思わずそんな言葉が漏れた。


「え?」

「いや、俺の顔が……格好いいなと思ってな」

「え……?」

「どう見ても、美男子だ」

「え、えぇ――ッ?!」

「超かっこいいな」


 素直な感想だ。

 

「……」


 ミリアムが黙って、じっと俺の顔を見ている。

 彼女も俺の顔に見惚れているのだろうか。

 俺も自分で自分の顔に見惚れていた。

 昨日までの顔も整っていたと思う。

 しかし、今鏡に映る自分の顔の整い方は異常だった。


「めちゃくちゃカッコいいな俺の顔。お前もそう思わんか?」


 思わずミリアムに問いかける。


「その……まあ……そうかもしれませんが……(普通自分で言わないよね)」

「“そうかもしれません”……だと?」


 曖昧なミリアムの回答に、俺は思わずジロリと彼女を見た。

 

「いえ、なんでもありません。えと……お、お着替えの準備をしますね!」

「ああ、そうだったな」

 

 俺が爽やかに笑いかけると、ミリアムは逃げるように部屋を出ていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る