第11話

(こいつは危険だ)


 レベッカは足元を爆発させると距離を取る。

 

「爆風を利用して移動するのか」


 レクスはそう言って、レベッカがやったのと同じように、ボフッ ボフッと足元に爆発させる。

 その顔はまるで新しいおもちゃを与えられた子供のようだ。


(……末恐ろしいガキだ……)


 サセックス家の神童――。

 幼少期から恐ろしい才覚を発揮する稀代の天才児。

 だが、その通り名は同時に、恵まれた家柄や、才能を持つが故に増長し傲慢な振る舞いをする皮肉の意味も込められていた。

 

(……直ぐに、私の手に負えなくなるぞ……ッ!)

 

 そんな、レクスの素行を正す為に、レベッカは呼ばれたのだ。

 名目上は、サセックス家との合同訓練。

 しかし、サセックス家当主のハロルドの本当の意向は、レクスに少し痛い目を見させるというものだった。

 敗北により学ぶものもあると――。


 高額の報酬と、興味本位でレベッカはこの話を受けた。

 レベッカは、レクスの噂を聞いた時、所詮は井の中の蛙だと思っていた。


 碌に現実を知らない唯の世間知らずなガキだと。


 実際、現実にレクスと顔合わせて見て、彼女の印象は変わる事は無かった。

 傲慢で偉そうに振る舞う貴族のお坊ちゃん。

 昨日は少し過剰に痛めつけてやった。

 自分を特別だと思っている子供に、謙虚さを教えてやるくらいのつもりだった、


(一度見ただけで真似るかよ)


 レクス・サセックスという少年はレベッカの予想を遥かに超える進化を見せる。

 それは、眠っていた獣を起こしてしまったような焦燥感を感じさせる。


(手足の一本くらいは落としておいた方が良いんじゃないか?)


 ここでその才能を潰しておいた方が良いのではないかと、レベッカは思う。


「ホバークラフトみたいだな、結構楽しいぞ」


 意味不明な言葉を呟く無邪気な表情は、子供がナイフを振り回すような危うさを感じた。

 まるで、恐ろしい速度で成長する怪物のようにも見えた。


「ハロルドのおっさんには悪いが、コイツはここで潰す」


 レベッカは密かにそんな決意を固めていた。



 



 ――先程から俺に対するレベッカの視線が熱い。

 ――強い男が好きなレベッカが俺に惚れてしまうのも時間の問題だろう。

 ――だが、俺は正直言って気の強い女は好みじゃ無い。


 レベッカの敵意に満ちた視線を、目の前の勘違い男ナルシストは理解する事はない。


「いけ……ッ!」


 レベッカが炎の衣から炎槍を射出する。

 魔装術から展開される魔術は、通常の魔術とは違い発動までのタイムラグが非常に短い。


「こうかッ!?」


 レクスはそれを真似して、レベッカに打ち返す。


(一瞬で真似やがった……ッ!)


 レベッカは激しく動揺する。


「だが、まだまだな……。まだ間に合うッ!」


 その技術は未だ発展途上。

 故に、撃ち合えば負ける事は無いと確信し、レベッカは次々と炎槍を射出する。

 先ほどの魔術戦と同じようにバシュバシュとお互い炎槍を打ち合う。

 当初はレベッカが明らかに圧していた。

 

「ふふ、ちょっと慣れてきたぞ……ッ!」


 次第に、レクスが放つ炎槍に軌道を変えられ、しまいには撃ち落されるようになってしまう。

 嚙み合わないものが、徐々に噛み合ってくる。


(成長している……、この短時間で……)


 舌打ちをするレベッカ。


 その手を胸の前で交差すると、ゴウッっという音と共に炎の翼を生み出す。

 

「……この野郎ッ!」


 炎の衣から翼を生やすと、爆風の推進力による軌道を変化させながら、炎槍を射出する。

 真正面からではない、不規則な角度からの連続攻撃。


「……翼ッ!」


 レクスはレベッカの動きを真似ると、すぐ様にその背に翼を生やす。


(また、真似された……ッ!)


 炎の翼を展開したレクスにレベッカは再び強い戦慄を覚える。

 その翼は不格好だ。

 しかし、その機能を果たすのには十分な性能は宿しているのだろう。


「……これならッ!」


 レベッカは、炎の翼をはためかせると、回転しながら多くの炎の礫を射出する。


「ははは……ッ!」


 レクスは、片方の炎の翼で炎の翼を防ぐと、炎の礫を打ち返す。


(……もう使いこなし始めている。速すぎる……ッ!)

 

 単なる模倣だけではない、見せていない動きも自分で思いつき始めた様子のレクス・サセックス。

 コツをつかんだようにその動きが良くなってきている。

 単なるモノマネではない。

 その【魔装術】の特性を把握し、技術の本質を体得しているようにも見える。


(また、真似された)

(また、真似された)

(また、真似された)

(また、真似された)

(また、真似された……ッ!)


 攻防は暫く続いた。

 遠距離・中距離での攻防の中。

 技術と知識が一瞬で盗まれていく事実に彼女に追い駆けられる様な恐怖心を感じた。

 彼女が、使用した技術一つ一つが、彼女の工夫と努力の賜物だ。


「クソが……」


 レベッカは悪態をつく。


(手の内を見せすぎるな)


 相手が未知の剣術を使う以上、不用意な接近戦は避けたかった。


「………速攻で終わらせる」


 レベッカは炎の巨大な竜巻を生み出す。

 巨大竜巻はゴォっという音を立てて、レクスを襲う。

 それを見たレクスは同じように、炎の竜巻を生み出し、それを相殺しようとする。


「……ッ!」

 

 少し動揺した様子のレクス。

 両者の炎の竜巻を巨大な炎の斬撃で切り裂いてレベッカが飛びしてきた。

 

 巨大な炎の竜巻による目くらましを利用した強襲――。


 危険リスクを承知で、決め手に欠ける遠・中距離戦より、近接による速攻を彼女は選んだのだ。


 純粋な剣術戦に置いては、相手に分がある、

 だが、魔装術を用いた近接なら分があるとの算段だ。


「なんだ、鬼ごっこには飽きたのか……?」


 軽口を叩くレクス。


「黙れ――ッ!」


 レベッカは、炎剣の特性を利用した、炎の斬撃を次々と打ち出す。

 しかし、レクスの繰り出す意味不明な剣術の前に阻まれる。


「これなら――……ッ」


 そういうと、レベッカは炎の衣から炎の剣を生み出すと剣を握っていない掌にそれを握る。

 普段彼女が用いない剣術だが、不意打ちでの速攻なら機能すると思った。

 しかし、


(真似されたッ!)

(これも……)

(これも……)

(これも……)

(これも……)

(クソが――…ッ!)


 第二、第三の腕を生み出し手数を増やそうが、近接状態から炎の槍や炎の礫をぶつけようが、炎の衣を纏った肉体による体術を使おうが、それらは悉く模倣されてしまう。


 速攻で終わらせるつもりだった。

 だが、今は、わざわざ自分の技術を引き出させる為に戦いが進められているようにさえ彼女には感じてしまう。


(もう…打つ手がないッ!)


 息切れをするレベッカ。


「もういいか。もう俺にも大体わかった。コレの使い方が……」

「調子に乗るなよ……」


 強がるレベッカであったが、彼女には、もう自分の勝ち筋を見出す事が出来くなっていた。


「……ふふ、なら、止めて見せろ」


 近接での優位性を発揮するレクスは、距離を詰めての近接でレベッカを追い込んでいく。

 彼女が距離を取ろうとしたら、爆風を用いた移動で追い込む。


「まだだ……、私はまだ……。お前なんかに……」


 防戦一方となり、炎の衣を斬りはがされていくレベッカ。

 その衣は次第に小さくなっていき、仕舞いには完全にその姿を消した。


 そして、遂に――。


 キーンッ!

 と甲高い金属の音を鳴り響かせレベッカの剣が空中を舞い、ドスッという音を立てて地面に突き刺さった。


「負けた……。この私が……」


 炎の衣は完全に消え去り、力なく膝をつくレベッカ。

 彼女は俯いて地面を見ながら、ブツブツと独り言を言い続けている。





「負けちまった」

「う、嘘だろ」

「……引くんだけど」


 観客達は予想外の結末に、唖然としている。戦いに見入っていたようだ。




 ――たまらん……。この大番狂わせ感。


 そんなレベッカの前で、観客の予想大いに裏切り雪辱を晴らした事に、最高の快感エクスタシーを感じずにはいられなかった。






「……この私が……」


 とブツブツと独り言続けていくレベッカ。


「それで……、俺の勝ちの様だが?」


 そんなレベッカの肩を満面の笑みを浮かべて叩くレクス。


「……ッ!」


 我に返り、周りを見渡すレベッカ。

 気づけばそこにいた皆が、自分達を見つめていた。


「……それでだが? レベッカ君」 


 周りからの視線と、勝利に酔いレクスは気分が乗ってきた。


「……レベッカ君だと?」


 おかしな口調のレクスの言葉に、耳を疑うような顔のレベッカ。

 その笑顔がたまらなく気味が悪かった。


「一つ聞きたいのだが?」

「……なんだ?」


 もの凄く嫌な予感がしたが答えるレベッカ。


「……君にとって格好良い男とはどんな男であったかな?」


(こいつ……)


 レクスの問いかけからレベッカはレクスが何を言わせたかったのか察した。


「さぁ……答えたまえ……」

「……」


 沈黙するレベッカ。

 その質問に答えたあとどうなるのかが予測がついた。


「……答えたまえ」


 まるで教師が生徒に質問するような口調のレクス。


「……つ、よ、い……お、と、こ……」


 絞り出すような声で言うレベッカ。

 自分の中で何かがブチブチと切れていくのを感じる。

 

「何……? なんと言った? 良く聞こえなかったぞ……?」


 本当は聞こえていたが聞こえていなかったふりをするレクス。


「……強い男だ……。私より強い男……」

「ふふ、よろしい」


 剣の腹で掌をぺしぺしと叩くレクス。


「ああ……」


 目をつぶるレベッカ。

 これで終わりではない事は察していた。

 恐らく次の質問は――。


「……では、俺はどうなのだ? レベッカよ?」


 朗らかな顔で問いかけるレクス。


(……死ぬほど言いたくない)


 歯を食いしばるレベッカ。

 完全に追い込まれた、回答は決まっているようなものだ。


「……か、か……かか……」


 震えた声のレベッカ。


「……何?」


 耳に手を当ててその言葉を聞き逃さない姿勢を見せるレクス。


「かッ……こ……いい………?」


 遂に必死に感情を殺しながら壊れた機械のように言うレベッカ。


「……良く聞こえない……」

「か、格好よい……」

「よく聞こえないぞレベッカ君……。もっと大きな声で……ッ!」

「か、カッコいい……ッ!!」


 開き直ったように言うレベッカ。


「ふふ……、そうか……、よろしい。はははッ!」


 調子に乗ったレクスは高笑いを上げる。


(もういっそ私を殺してくれ……ッ!)


 羞恥に震えるレベッカ。


「……分かればいいのだ、分かればな」


 感慨深く頷くレクス。


「………ああ」

「なぁレベッカ……」

「なんだ?」

「俺たちにも色々あったが、俺達はもういがみ合う必要もないだろう、これからは仲良くやろうじゃないか……?」


 レベッカと肩を組み耳元でそう囁くレクス。


「………ああ」


 拳を握りしめるレベッカ。


「さてと……。ここにはもう用は無いな。帰るぞ、ミリアム」


 ミリアムを呼ぶレクス。


「あ、はい……」


 その両肩を縮めながら人混みから出てくるミリアム。


(うわ……呼ばれちゃったよ……。このすっごい気まずい空気の中で……ッ!)


 ミリアムの表情は引き攣り、先ほどからのレクスの発言に完全に引いていた。


「ああ、そうだレベッカよ……」


 何かを思い出したように、レベッカを見るレクス。


「何だ?」


 レクスを見るレベッカ。


「非常に重要な事だ……覚えておけ……」

「なんだ?」

「俺の顔はそれなりに良いのではない……ッ! 超良いのだ……分かったな?」

「ああ……」

「努々それを忘れるなッ! ではな……ッ!」


 レクスは、ミリアムを連れて颯爽と訓練場を出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る