第9話

 突如行われた、レベッカとレクスの再戦。

 結果は、火を見るよりも明らかなように思われた。

 しかし、観衆の予想を大きく裏切るような展開。

 両者の間で、凄まじい速度で剣戟が繰り広げられ、そこに集まった一同は、皆その光景に目を奪われていた。

 

 押しては引き、押しては引く波のような戦い。


 だが、暫くして――。


 キーンッ! という、鈍い金属が打ち付けるような音が止むと、訓練場に激震が走る。


「う、嘘だろ……?」

「負けちまった……?」

「……昨日あんなに簡単に……」

「何でだよ……ッ!」


 完全に予想外の展開に、訓練場にいた兵隊は皆、動揺した。

 皆が顔を見合って疑問を投げかけあっている。

 そして、


「あのレベッカの姐さんが……」


 その声が、敗者の名を呼ぶ。


「うわあ…、レクス様……本当に勝っちゃったよ」


 そんな中、ミリアムも感嘆の言葉を零す。

 その声には何故か、少しだけ喜色の色が混ざっているようにも聞こえた。





 戦いの最中、レクスの動きは少しづつ変化していった。

 それは、まるで、二つの別々の何かが融合し、一つになっていくようにレベッカは見えた。

 二人の知識と技術の融合はこの世界には存在しない新たな剣術の型となり自身の剣の腕を上回り始める。


 それは、サセックス家の剣でも、この世界に無い未知の剣でもない。

 二つを融合させたような新たな剣。

 両者の欠点を補い合い、利点に相乗効果を加える新たな剣の型。


 そして、


「なにッ!」


 レベッカは激しく動揺し、思わずその剣を落とした。

 鈍い音がして、彼女の握るバスタードソードは地面に落ちた。


 先ほどのレクスが放った一太刀。

 それは、レベッカの常識を覆す、軌道と速さと、力強さを持っていた。


 それは一見不格好にも見える一太刀だった。


 両手の握りの間隔を短く取り、腕の力ではなく、体幹の力をフルに用いて振りぬく一撃。

 それは、古武術の隠し剣とも呼ばれる技術を応用したものだった。

 宗家のみが隠し持ち、一般的な門下生には教えられない秘伝とされる動き。 


(一体なんだ……今のは……)


 未知の一撃に、思わずレベッカは片手で握っていた剣を落としてしまった。

 自らの敗北という現実。

 それをそこに集まった兵以上に彼女は受け入れられなかった。

 しかし、 

 

「………どうやら剣では俺の勝ちのようだが?」

 

 剣の腹で肩を叩きながらレクスは言う。

 周囲の予想を大いに覆し、大番狂わせを演じた事に彼は、強い快感を覚えた。

 今にもその顔に浮かんできそうな、溢れ出すニヤケ顔――を、涼しい顔ポーカーフェイスで覆い隠す。


「認めてやるよ……」


 苦々しい声で返すレベッカ。


「ふふ……何をだ? 俺の格好良さをか? 分かってしまったという事だな……? ならば訂正しろ——」

「いいや、そうじゃない」


 レクスの言葉に割り込むレベッカ。


「――それなりではないぞ、俺のかお………なんだと?」


 その言葉を聞き問いかけるレクス。


「剣では確かにお前の勝ちだ……。どんなからくりがあるかは知らないが……ああ、確かに一晩でお前は変わったよ……。確かに、強くなった……。だけど、まだ剣だけだろ……なぁッ!?」


 レベッカの表情から余裕は消えない。

 確かに剣術戦では敗北した。

 しかし、それでも彼女の絶対的な優位は揺るがない。


「……ふふ。そうだな」

「ああ……まさか、サセックスの天才サマとも、あろうお方が勝ち逃げなんてせこい真似しないよな? なぁ?」


 好戦的な笑みを浮かべるレベッカ。


「……無論だ、お前はまだ、全然本気じゃない……それに、お前は、あの切り札も使っていない」

「……知っているんだな」

「ああ。本気のお前を倒してこそ、意味がある」


 レベッカの挑発に答えるレクス。


「……本当にいけすかないガキだよ。お前。まぁ、でも、こっから先は手加減は無しだ……死んでも私は知らんからな」

 

 レベッカは黒い笑みを浮かべた。


「ああ、楽しみだよ……、レベッカ」


 レクスも黒い笑みを浮かべた。




「まだ、やるみてぇだな?」

「ああ……」

「まだ剣だけだ。まだ姐さんは剣しつかってねぇじゃねぇかッ! なぁ、そうだろ? お前らぁッ!」

  

 傭兵たちを鼓舞する傭兵の男。

 両者再び距離を取り、仕切り直しの構図。

 彼女の敗北という現実を受け入られなかった兵達も再び勢いを取り戻す。


「お、おうッ! そ……、そうだ。まだ剣だけだ……」

「俺達の姉さんが簡単に負けるはずがねぇんだ……!」

「あんなクソガキにッ!」


 自らが敬愛する団長が、いけ好かないお坊ちゃんにあっさりと敗北するという姿は見たくは無い。

 サセックス家のお抱えの正規の兵達間での反応も様々だ。


「レクス様、あんなに強かったんだ」

「ああ、人間性はともかく……、やっぱり天才だったんだな」

「ああ、って……おい、聞こえるぞ」


 その才覚を認めながら、レクスの評判はすこぶる悪い。


「……魔術もありでやるっていうならどうだかな……」


 ここにいる皆が分かっていた。 

 この世界の戦闘能力の優劣というものは剣術のみで決まるものではない。

 そして、レベッカという人間の強さとは、剣術のみならず魔術にも長けた、万能性

 単純に剣術のみで彼女に匹敵する人間は、傭兵団にも存在する。

 しかし、そんな彼らをしてこの公爵家の嫡男が、傭兵団団長に勝つ姿など想像できなかった。


 それ故の動揺――。



「正直、舐めていたよ」


 負ける事は無いと確信していた。

 相手を甘く見ていていた事をレベッカは反省する。

 混乱は収まり、静けさを取り戻していくその心。

 だが、同時にある感情が彼女の心に燃え盛っていく。


 それは、屈辱――。


 調子に乗ったボンボンのお坊ちゃんに、玄人揃いの兵達の前で大恥をかかされたレベッカは震えた。

 その感情はレベッカに燃え盛る怒りと、戦闘意欲を掻き立たせる。


「……サセックス家の神童とやらを……」

 

 思い知らせてやる。

 そんな感情と共にレベッカの周りに膨大な量の濃密な魔力が広がっていく。

 濃密な魔力の流れ。それは彼女の頭上で渦巻いた塊となる。


 そして、それは瞬く間に炎の槍へと変えた。


 【炎槍フレイム・ランス

 一般的な炎属性の攻撃魔術である。

 ある程度炎の扱いに慣れた魔術師なら誰でも使うことができる。

 しかし、その威力と展開できる数には術者の力量によって大きく変わる魔術でもある。


 レベッカの背後から頭上にかけて展開される無数の炎槍――詠唱は無かった。


「やっぱすげぇぜ……本気の姐さんの魔術は……」

「しかも無詠唱……ッ! 痺れるぅ……ッ!」

「はぁ、はぁ……お、俺のハートにも火がついちまったぜぇッ!」


 その炎槍を見た荒くれもの達ににどよめきが起る。

 展開された炎槍の数からレベッカの本気を感じ取った。


「はははッ! どうしたッ! お前も、出しなッ!」

 

 レベッカは左の手の甲をレクスに見せながら言う。

 炎槍は直ちにレクスを襲う事は無く、空中に静かに停滞していた。


 不意打ちなどしない。

 お前の全力を出させてそれを叩き潰す。

 彼女のそんな意図を感じさせる。 


「……せっかちな女だ」


 眼前を埋め尽くすような炎の槍を前にレクスは涼しい顔でいう。

 不思議と恐怖はなかった。

 一呼吸の内に意識を向ける体を流れる、慣れ親しんだ同時に新鮮な力の流れ。

 脳内から溢れ出てくる、知識がどうすればいいの教えてくれる気がした。


 知識がイメージの臨場感リアリティを強化する――。

 レクスは軽く左手を掲げると、まるで天を指すように、軽く人差し指を擦り合わせる。

 そして、パチンと乾いた音が一つした。

 レクスの頭上で濃密な魔力が、炎の槍へと姿を変えた。


「お前……」

 

 レベッカはわずかに目を見開く。

 その数は、昨日目にした数を優に超えた。


(こいつ……成長している……。剣だけじゃない……。)


 展開する魔術の展開に無駄が減り、展開速度、展開量も大きく向上している。

 剣術に於ける先ほどの敗因で最たるものはが原因だった。


 だが、今用いているのは、

 異世界の知識と別人の人生の記憶と経験は確かにレクスの魔術を大幅に、底上げブーストしている。


「「…………」」


 炎槍を展開した二人は、無言でじっと見つめあう。

 観衆からざわめきは消え去り、ただ事の成り行きを見守っている。


 微動だにしない二人。

 お互いに先手を奪い合うような、しかし同時にお互いに先手を譲り合うような緊張感――。


 しかし――。


 ピューと一筋の風が訓練場の土埃を少し巻き上げた。


 瞬間。

 無数の爆発音とも射出音ともとれる音が訓練場に鳴り響く。

 それらの音は直ぐに、何かが衝突するような衝撃をまき散らす、無数の爆音にかき消されて消えた。


 どちらが先に動いたのか、それを観衆の中で分かったものは誰一人としていない。

 恐らくそれを分かるのは、今も正にお互いの炎槍を撃ち合い続けている二人のみ。


 ――やるではないか……ッ!


 レクスはレベッカを称賛する。

 剣では確かに勝利を納めた、

 レベッカは手強い。

 未だ発展途上とは言え、何れ最強キャラの呼び声高い彼女は伊達ではない。

 純粋な魔術戦に置いて明確な隙を見つけられずどうにも攻めあぐねてしまう。

 その彼女の魔術の技術の高さを素直に認めざるを得なかった。


(まったく、本当にどうなっちまってるんだよ……ッ!?)


 レベッカは苛立ちを抑えきれない。

 魔術での戦闘においても、レベッカに互角以上の戦いを演じることが出来なかった。

 昨日は、魔術戦においても彼女が完封していた。

 剣のみならず魔術において昨日とは全く違う状況。


 昨日は、本気さえ出していない状態で容易くあしらえた筈。


 しかし、今は――。


「……ッ!」


 レベッカは少し慌てて自分の左前方から飛んできた炎槍を打ち消す。


(こいつは本当に……やばいぞ……)


 自分の炎槍の残存数を数えながらレベッカは焦りを募らせる。





 しばらくの間、爆発音が鳴り響き続けた――。

 しかし、突然。それは止んだ――。

 二人が戦っていた付近は爆発から土埃が巻き上がり、戦いの結末を誰も確認する事が出来なかった。

 土埃が巻き上がる戦場で、どちらが倒れ、またどちらが立っているのか、

 それをそこに集まった皆が知りたがった。


 そんな中。


「互角という奴だな……」


 土ぼこりを切り裂き現れる金髪の美男子ナルシスト


 そして、


「全く、忌々しい事にそうらしい」


 赤い髪を振り乱しながら現れる、無傷の美女。


 土埃が晴れると、二人が無傷のように佇んでいた。

 だが、その表情には違いがあった。


「なぁ、出しても構わんぞ? ……あの、お前の切り札とやらを……?」


 レクスは愉快そうに笑う。


「分かって言ってるんだな?」

「ああ……。見せてみろ……」

「まあ、いいさ……、見せてやるよ……」


 そう言った瞬間にレベッカのまとう空気が変わった。

 それは、力強さの中に少しの柔らかさを纏うような彼女の雰囲気とは違う空気。

 それは殺気。


「……遂に本気か?」

「ああ……」


 しかし、レクスは臆する事も無く返す。


「楽しみだ」

「ああ、あんたは……本当に、本当に……いけ好かないガキだね……」


 吐き捨てるように答えるレベッカ。

 だが、その顔には勝利を確信した笑みが浮かんでいた。

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