第8話
甲高い金属が激しくぶつかり合う音が、唯一つ響く。
音の源に在るは、鍔迫り合う二人の剣士。
他方、その剣を受け止めた側の女は焦燥を浮かべ、
他方、打ち込んだ男の表情は満面の――ドヤ顔である。
(疾い、そして重い……)
レベッカは思う。
彼女は少し、面食らった様子。
先程、受け止めたばかりの理解不能な斬撃。
それを放った少年は歩き始めると突然、予測を遥に超える速度で加速をして斬りかかってきた。
レベッカはその動きに何とか反応できただけだった。
その場にいた、
だが、しかし——
その動きを正確に理解できたものは誰一人としていなかった。
「一体なんじゃ……今の動きは……」
そう呟く、長髪を束ねている初老の男性がいた。
その名をガストンと言う。
齢50を超えるが、幼少期からレベッカに剣を教え、今現在、老いてなお純粋に剣術に置いてはレベッカを上回る実力を有していた。
この世界のあらゆる武術に通じた男。
しかし、そんな彼であっても、レクスの動きを理解する事は困難であった。
その意味不明な加速と、斬撃――。
「一体、あの小僧に何が……? あれが噂に聞くサセックス家の神童だという事なのか……ッ!?」
ガストンはそう叫ばずにはいられなかった。
「……一体、何があったんだお前に」
レベッカは問う。
先程の一太刀に意表をつかれたのも、また事実。
だが、しかし、彼が放った一太刀は単に奇をてらっただけの動きではない。
その一太刀には、自らの知らない何らかの術理が存在する事をレベッカは感じ取っていた。
「だから言ったではないか、最早俺くらいになると、一晩で劇的に成長する……と」
「……ッチ。訳の分からんことを……」
舌打ちするレベッカ。
「なら、分からせてやる……。俺に惚れるなよ、はッ!」
「ぬかせ――ッ!」
叫び声と共に斬り上げるレベッカ。
その発言の真意は分からない。
しかし、言っている事を頭ごなしに否定する事は出来なかった。
剣戟を重ねて行くうちにわかる、レクスのまるで別人のような太刀筋。
本当に別人を相手にしているような感覚晒されていく。
――
先程、レクスが間合いを詰める為に使ったのは技術は古武術特有の体さばきだった。
それは、縮地と呼ばれる技術だ。
この世界には存在しない、重心の変化を利用することによる特殊な歩行法。
初速はより早く、その一歩もまたとても長い距離を進むことができる。
「やれるじゃないか――ッ! 俺は自分の才能が怖いぞ、はははッ!」
煽りながら、レクスは最小限の動きでレベッカの剣を見切り躱す。
頭の中で起こる不思議な感覚に高揚感を感じていた。
それは、まるで、点と点が繋がり線となる感覚。
二人の知識と技術が頭の中で繋がって行く感覚。
レクス・サセックスと鈴木守の感覚が連結する、そんな感覚を――
「気持ち悪い動きをするんじゃないよ……ッ!」
「気持ち悪くなどないッ! 俺は、格好良いだろうがッ!」
昨日は圧倒されったレベッカに互角以上の戦いを繰り広げるレクス。
そんな二人の様子を一同は呆気にとられたように見つめていた。
――……凄い体だな。
その体、衰えを感じ始めていた、鈴木守の体とは段違いだった。
目は恐ろしく見え、耳がよく聞こえた。
全身の皮膚が、大気の振動さえ感じとっているような気さえした。
――前の体より、ずっとな……ッ!
その体は恐ろしい程に、素早く反応し、力強く、そして、しなやかに動く。
確かに【ブレイヴ・ヒストリア】の世界において最強の戦闘力の持ち主はレベッカというのが通説だった。
だが、最強の
サセックス家の歴代最高傑作として生みだされたレクスの身体性能はレベッカすらも凌駕する。
対して、鈴木守という人間は生まれつき特段優れた身体能力を有していたわけではない。しかし、彼は幼い頃から自分の体を、効率よく動かす様に工夫する事により、他者より優れた能力を発揮できると知っていた。
自由自在に自らの身体を操作する能力。
常に目指していたのは、動作の最適化。
そんな彼が学んでいた技術は古武術といわれる、彼の生まれた東洋の国でも廃れ始めていた技術だった。
その基本概念は、身体の最小限の力で最大の効力を発揮させると言うもの。
徹底した動作の合理性を追求するが故に、古武術の達人は、例え身体能力が衰えた老人であろうとも、化け物じみた強さを持ってたとされている。
正に、弱者が強者に勝つために磨き上げた技術。
徹底した
――この身体なら……。
そんな、鈴木守の知識と技術が、レクス・サセックスに
絶対的強者の肉体に――弱者が強者に勝つために磨き上げた技術が連結していく。
激しい戦いを繰り広げる二人。
その実力は拮抗しているように見えた。
しかし、次第にレベッカが圧され始めているのが目に見えて分かるようになった。
「……なぁ、姐さん、なんか押されてないか?」
「そうんなわけ……ッ!」
「いや確かに……なんでだ?」
「わかんねぇ、あのガキに一体何があったんだッ!?」
その状況に、多くの兵達も変化に気づき始め動揺が走り始めていた。
そんな、兵達の動揺は、
――見ている、皆が俺を見ている。超俺を見ている……。
無駄に自己顕示欲の強い男に快感を、
(この私が……圧されているだと……?)
そして、傭兵団の団長としての立場にある女に焦燥感を与えた。
レベッカは劣勢に立たされるのを実感する――。
昨日初めてレクス・サセックスと対峙したとき、確かにその身体能力には驚かされた。
だが、その技術には強引さと粗さを感じた。
サセックス家独自の剣術は、身体能力に優れたものが用いると恐ろしい効力を発揮する。
だが、ハロルドと手合わせした事さえある、レベッカはその技術を事前に知っていた――。
戦闘経験の豊富な彼女は、その剣術の型や動作を事前に知っていた。
だからこそ、予測ができた。
いくら相手が身体能力に優れていようが、いくら、相手が、強力な技術を用いようが、予測できれば、その攻撃を躱すのも打ち負かすのも容易い。
それを、知っている――からだ。
だが――
(なんだ……。一体コイツの動きは……ッ!)
その動き、レクスの未知の動きにレベッカは困惑する。
その動作に反応する時だけ、レベッカは対処が遅れる――。
その動きを完全に知らないからだ。
完全に次の一手が読めない。
彼女は恵まれた反応速度によって、レクスの未知の動きに対応するが、自分のペースを乱されているのを実感する。
「こうか……ッ!?」
そして、今も正に剣を振りぬくレクス。
(……まさか、試しているとでもいうのか? この状況で……ッ!)
レベッカはレクスの狙いを予測する。
彼は何かを試行錯誤をしているようも見えた。
レクスの工夫を感じ取る。
まるで、二つの技術を融合させ、新しい何かに生まれ変われせようと試行錯誤している、そんな工夫を。
それは、身体能力に頼り切った、昨日のレクスとは全く違う試み。
「どうした……なぁ。まさか、こんなものだったか……?」
余裕の表情のレクス。
「調子に乗るなよ、このクソガキがッ!」
レベッカは苛立ち、冷静さを欠いていく。
昨日は驚異に感じなかったレクスの剣。
(こいつ、本当にたった一晩で……、それだけじゃない……今も……ッ!)
この戦いの最中にも、加速度的に成長していくレクス。
人は日々の努力の積み重ねの上でこそ人は成長する——それがレベッカの確固たる信念だ。
だが、そんな彼女の信念を覆す存在。
「はッ! これが今の俺の力か……ッ!?」
レクス・サセックスという存在。
(一体、何であんな動きができる……)
今も目の前の少年は何故が、剣を鞘に戻し何かを狙っている。
流れる水のような力強く流れる力の動き。
その動きをすると、目の前の少年の動きは速くそして力強い。
それはレベッカの期待値を遥に超える。
(まさか、自分で思いついたのか?)
レクスを天才サマと皮肉るレベッカであったが。
彼女も、また幼少期から天才の名を
他と競り負けた事はなど記憶には無い。
しかし、レベッカ本人は自分を天才だとは思ってはいなかった。
努力を怠った事はない。たゆまぬ努力の末に彼女は強さを手に入れていた。
だからこそ、自分を天才だと認めるのは嫌だった。
まるで自分の積み重ねてきた努力を否定する様な気がして。
しかし、目の前にいる少年は、常人には理解できない速さで成長し——。
常人が、思い付かない様な事を容易く思いつく——。
そんな存在を人は何と呼ぶだろうか。
「認めたくはないが……。あいつは本物の…天才……。と言うやつか……」
レベッカは苦々しくそう呟いた。
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