第3話

 着替えを終えたレクスはミリアムに言う。


「良い仕事ぶりだぞミリアムよ」 

「え……?」


 耳を疑うような顔のミリアム。


「そう言えば……。この鏡。ミリアムが取り替えてくれたのだろう?」

「そ、そうですけど……? 何か……?」


 恐る恐ると言った様子で聞くミリアム。


「昨日、俺が割ってしまったのだな」

「え……、まぁ、えと……」

「昨日は済まなかったな。ふ、全く、俺も醜態を晒したものだ」

「え?!」


 困惑した様子のミリアム。


「そうだな……。今日からの俺は、昨日までの俺とは違うのだぞミリアムよ」 

「え?! あ、はい……? そ、そうなんですか?」

「ああ……そうだとも」


 レクスは輝くような笑顔を見せ、ミリアムはその表情を見て顔を引き攣らせた。





 慌てた様子のミリアムは廊下を歩く。

 先ほど彼の浮かべていた、彼に似つかわしくない不気味な笑顔。

 そして、彼らしくない言動。


「謝ったよ……。あのレクス様が謝ったよ。どうしよう……お礼を言ったよ……ッ! 私に……なんか今日のレクス様……おかしいよ……」


 そんな呟きが思わずこぼれ落ちた。




 暫くすると、ミリアムが食事を運んできた。

 レクスは朝があまり強くはなく、朝食は、いつも軽く済ませる程度であった。

 サセックス家の料理人が作る料理は、簡単なメニューでありながら、意匠が凝られたものだった。


「美味かったぞ。作ったものにそう言っておいてくれ」

「わかりました」

「ご苦労」

「ご苦労……」


 怪訝な顔を浮かべると、ミリアムは食器をワゴンに載せ退出していった。






「この体。背は少し低いようだが、別に違和感は感じない」


 ミリアムを見送ったレクスは立ち上がると、自分の体の状態を確認した。

 鈴木守からすれば、少し小さくなった体躯だ。 

 もし、突然、朝起きた時、自分の体が別人になっていたとしたら、その体を思った通りに操る事は難しいのではないかとも考えられるが。

 その問題は無いらしい。

 言語理解も同様のようだ。

 先ほどまで異国の言葉で話している感覚はあったが、特に違和感もなくコミュニケーションが取れていた。

 

「これは、俺の剣だな……」


 壁に立てかけてあった、愛剣を手にする。

 細身のレイピアに近い形状の剣だ。


「こんな感じだったか?」


 居合の要領で剣抜き一振りすると、鞘に戻す。


 ――この感覚。


 二人の感覚が、混ざり合ったような感覚がした。

 思わず、掌を開閉して調子を確かめる。

 先ほどの動きは、この世界には無い動き。

 レクス・サセックスとしては、一度も行った事のない動作。

 鈴木守は古武術と言われる、廃れ始めた技術を習得していた。

 

「では……、次は……ッ!」


 レクス・サセックスとして慣れ親しんだ動きで剣を振る。

 サセックス家が代々継承してきた剣術だ。

 再び、二人の動きが掛け合わさったような感覚がした。 

 様々な動きを試すが、動き一つ、一つに、二人の人間の感覚が、重なりあった不思議な感覚を感じた。


「なるほどな……」


 ひとしきりに、自分の体で動きを試した後にレクスはそう言うと、剣を置いた。


「そうだな次は……魔術か……」

 

 自分の内側に意識を向ける。

 体内を流れる、慣れ親しみながらも、同時に新鮮さも感じさせるそんな流れ。

 それを指先に流し、燃えるイメージを作り上げる。

 そして彼が人差し指を立てると、そこにはポォっと蝋燭大の炎が現れた。 


【魔術】


 鈴木守の世界には存在しなかった概念だ。

 この世界の人間は、その体内に宿る魔力と呼ばれるエネルギーを対価に、その身体を強化したり、水や、風、炎といった自然現象を自在に制御する事ができる。

 特異な例外を除き、この世界では誰しも多少の魔力を持ち、それを用いて魔術を使用するのが一般的だ。

 魔力の量は生まれ持った才能の部分もあるが、後天的な努力によってもその量を増やすこともできる。

 その努力により才能を差を覆す事もできる。


 優れた血統のサセックス家の中でも稀有な才能と優れた教師からの教育を受けたレクスの魔力量は非常に多い。

 主人公ローランの幼馴染のアリシアのような特例を除いて、そうそう彼の才能に匹敵する存在はいない。


「不思議な感覚ではあるな」


 そんな事を呟きながら、自分の指先の炎を、ハートやスペード、ダイヤ、星型へと変化させていく。

 形だけではない、その色も、青や緑や白といった形に次々と変化していった。

 魔術において重要なのは、魔力の量だけではなく、その制御能力。

 高度な魔術を用いる為には、単に強大な魔力を有しているだけではなく、それを自由自在に制御する力もまた必要なのだ。


「温度と炎の色が連動しているのは同じのようだ……、科学の知識が応用可能ということか」


 この世界の物理法則と、鈴木守の世界における物理法則との共通性は、ある程度は、あるようだ。

 意識を集中し酸素濃度を変化させるようにイメージすると、その炎の色を精錬できるのが確認できた。

 魔術を制御するのに、重要なのはイメージと臨場感。

 自分の持つイメージにどれだけリアリティを持たせられるのかによって、魔術の操作能力は変化する。


 知識がイメージの臨場感を強化する。


 鈴木守として学んだ異世界の科学の知識はレクスの魔術制御能力を補正しているようだ。


「やはり、得意なのは炎か」


 集中すると純白の炎を作り出す事ができた。

 見る者を魅力する一切混じり気の無い白い炎。

 以前は出来なかった芸当だ。


「と、まぁこんなものか」


 自分の掌の中で、ひとしきり炎を弄んだ後、それを消した。

 炎は煙も残さずにキラキラと空中へと解けるように消え去った。


「もう少し練習が必要ではあるが……。ぶっつけというのも悪くは無い」


 立ち上がるとレクスは再び愛剣を手にする。

 

 ちょうどそんな時、


「只今戻りました」


 食器を片付け終わったミリアムが戻ってきた。


「では、出かけるぞ、ミリアムよ」


 レクスは微笑みかける。


「え、えーと……。ど、どちらへ?」


 戸惑ったように答えるミリアム。


「……決まっているではないか、あの女のところへだ」

「え……!?」


 信じられないという表情のミリアム。


「あの女に一泡吹かせにいくとする」

「嘘ですよねッ!?」

「行くぞ、ミリアムよ。付いてくるがいい」

「ちょ、ちょっと本気ですか? レクス様ッ!」

「ああ、本気マジだとも……ッ!」


 そう言って意気揚々と部屋から出ていくレクスの後をミリアムは慌てて追いかけた。

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