第10話 痛みの浄化
深い森を抜けた先に、ミノは広くて静かな湖にたどり着きました。湖の水面はまるで鏡のように静かで、空の色をそのまま映しています。あたりには風もなく、まるで時間が止まっているかのようでした。
「ここは……なんだろう?」
ミノが湖のほとりに立つと、どこからか声が聞こえてきました。
「この湖は心の湖。あなたの心の中にある痛みや傷を映し出し、浄化する場所です。」
振り返ると、そこには美しい天使が立っていました。その天使は、優しげな笑顔を浮かべ、手には光る杖を持っています。
天使はミノにゆっくりと語り始めました。
「あなたの心の中には、まだ浄化されていない痛みや傷があります。それは、家族との間で生まれたものです。でも、その傷を放っておくと、新しいエネルギーが流れ込むことができません。」
ミノは静かにうなずきました。確かに、自分の心の中にはまだモヤモヤした気持ちや、家族に対する言えなかった気持ちが残っているような気がします。
「どうすれば、その傷を癒すことができるの?」
ミノがそう尋ねると、天使は湖の水面を指さしました。
「この湖に触れてごらんなさい。そうすれば、あなたの心の痛みが映し出されます。そして、それを一つひとつ浄化していきましょう。」
ミノは湖のほとりにひざまずき、ゆっくりと水面に手を伸ばしました。ひんやりとした水が指先に触れると、水面に波紋が広がり、突然、映像が浮かび上がりました。
――最初に映ったのは、小さい頃の自分と母親の姿です。
母親が忙しそうに家事をしていて、ミノが「遊んでほしい!」と何度も声をかけても、母親は「あとでね」と言って振り向いてくれませんでした。そのときの寂しさが、今でも胸の中に残っているのです。
「……お母さん、ぼくを見てほしかったんだ。」
ミノはその寂しい気持ちを改めて感じました。天使がそっと語りかけます。
「そのときのお母さんは忙しかっただけ。でも、あなたの寂しい気持ちは本物です。今、その気持ちを認めてあげましょう。」
ミノは目を閉じて、自分の心に語りかけました。
「寂しかったんだね。でも、それをずっと我慢していたんだね。」
すると、水面に映っていた映像が少しずつ消えていき、代わりに穏やかな光が広がりました。
今度は、別の映像が浮かび上がりました。そこには、兄とケンカをしている自分の姿がありました。
――兄が大切にしていたおもちゃを壊してしまい、怒られて泣き出した場面です。
「わざとじゃなかったのに……。」
そのとき、ミノは謝ることができませんでした。怒られた悲しさと、自分が悪いことをしてしまった罪悪感が、ずっと心に引っかかっていたのです。
天使が優しく言いました。
「あなたはそのとき、本当は何を言いたかったの?」
ミノは小さな声で答えました。
「……ごめんねって、言いたかった。」
天使は微笑みます。
「今、その言葉を湖に向かって言ってみましょう。」
ミノは湖に向かって、心の中でつぶやきました。
「ごめんね。あのとき、言えなくてごめんね。」
すると、湖の水面に映っていた兄の姿が、笑顔に変わりました。そして、その映像も光となって消えていったのです。
次々に映し出される痛み――。
――父親に叱られて泣いた日。
――姉に冷たい言葉を言われて、傷ついた日。
――家族のことで「どうして分かってくれないの?」と感じた日。
ミノは一つひとつの記憶に向き合い、そのときの自分の気持ちを認め、心の中で「ありがとう」や「ごめんね」と言葉をかけました。
不思議なことに、心の痛みを認めて手放すたびに、湖の水面は輝きを増していきました。そして、ミノの体の中にも、温かい光が少しずつ広がっていくのを感じました。
天使がにっこりと笑い、言いました。
「あなたの心の痛みは、こうして浄化されていくのです。そして、その場所には新しいエネルギーが流れ込みます。愛や優しさ、強さがあなたの中に広がるのです。」
ミノは胸に手を当ててみました。心の中が、今までよりも軽く、温かくなっている気がしました。まるで重たい荷物を下ろしたかのようです。
天使が手を振ると、湖の真ん中から一つの宝石が浮かび上がってきました。それは透明で、柔らかく光る宝石でした。
「この宝石は浄化の宝石です。あなたが痛みを乗り越えた証です。そして、この宝石はこれからもあなたの心を癒し、守ってくれるでしょう。」
ミノは宝石を両手で受け取りました。その瞬間、宝石の光が体の中に広がり、全身がポカポカと温かくなりました。
「ありがとう……。」
ミノは天使に向かって、心からお礼を言いました。
湖は静かに光り続け、ミノは新しい力を手に入れました。心の痛みを乗り越えたことで、今まで感じられなかった安心感や優しさが、自分の中に広がっているのです。
天使が最後に言いました。
「これで、あなたは新しい一歩を踏み出せます。心の痛みを恐れず、向き合うことができたあなたなら、どんな試練も乗り越えられるでしょう。」
ミノは宝石を大切に胸にしまい、静かに立ち上がりました。目の前には、新しい道が光となって続いていました。
「ありがとう、天使さん。ぼく、もう大丈夫だよ。」
ミノは力強く歩き始めました。痛みを浄化し、新しいエネルギーを手に入れた今、自分の足で次の道を進んでいける――そう確信していました。
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