ぱにっくあにまる
aqri
男の所業
「そこになおれ、極悪人め」
眉間にシワを寄せて腕を組んで仁王立ちされている状態で。男は素直に従って椅子に座った。
「お前の悪行は報告が上がっている」
「それはそれは。それにしても噂通り口も悪いし態度も大きいね、牧師さん」
ここはとある町の教会だ。極悪人しか住んでいないというちょっとおかしな村。毎日とんでもない罪を犯したものが懺悔室に来て罪をぶちまけていく。ここの牧師もちょっと口が悪い。
人を殺しただの、数百万盗んで相手を自殺に追い込んだだの。本当にゴミの縮図のような村なのだが。
ものすっごい極悪人がいるからと、男の更生を頼まれた。ひと目見て思った、こいつ絶対更生しないタイプだな、と。
「悪い事した記憶はないんだけど」
「きたよ自覚がないパターン、最悪だ。お前、罪のない子羊をパニックに陥れたらしいじゃないか」
「なんかやったかなあ?」
罪を犯している者は自分が罪を犯しているという自覚がない。罪を認めさせ反省させる前に、まずはそれを知ってもらうところから始めなければいけない。
サイコパス。最も面倒で時間のかかるタイプだ。
「ヤギの群れの中に子羊を混ぜ込んだだろうが」
「あ、本当の意味での子羊か。やったやった、間違い探しみたいになるかなぁと思って」
「放り込まれた子羊はパニックになっていたらしいぞ」
「どこ見渡しても丸裸みたいな連中しかいないもんね。変質者が大量にいて涙目だったのかも」
ちなみに羊もヤギも同じ牧場主が飼っているので何も問題はないが。子羊がいないと慌てて牧場主が探してみたら、ヤギの群れの中にいたと言う。
「その後どうなったんだ」
「しばらく慌ててたけど、丸刈りにしたらホッとした様子で打ち解けてた。オタサーの姫みたいになってた」
なんやかんや、仲間として打ち解けているらしい。羊の中にかえそうとしても嫌がるのでそのままなのだそうだ。
「ハッピーエンドかよ。じゃあ次」
「なんだ、牧場主から山羊乳で作ったソフトクリームご馳走してもらった話しようと思ったのに」
めちゃくちゃおいしかったらしい、ちょっと羨ましい。
「お前、水族館に行ってパニックにさせたんだってな」
「そうだっけ」
水族館の三大アイドル。イルカのよっぴー、ペンギンのアスカちゃん。そして、ラッコのトシヲ君。
「トシヲくんにおもちゃのホタテをあげて、永遠に割れない貝割りをさせたらしいな。何回叩いても貝が割れないからトシヲくんが大混乱だったと報告されている。目にも止まらぬ速さで腕振り続けてたらしいぞ」
「貝割る姿が可愛かったから。ずっと見ていたくて、つい」
「ちょっとわかるが。本人にとっては死活問題なんだからやめてやれ」
次の日疲れ切っていつも以上に寝ていたとか。寝てる姿が可愛い、と行列ができていた。写真をみるとお手本のような「スヤァ」である。
「ラッコが貝割る時に使う石って一生物らしくて。この石をうっかり落としてなくしちゃうと、ショックで拒食症になって死んじゃう子もいるらしいから。石にはいたずらしなかったよ」
「それやってたらパニックどころじゃないわ」
要するにこの男、様々な生き物をパニックに陥れているらしい。初めて聞いたとき牧師は「知らねえよネットにあげてナイスボタン一万回押してもらえボケが」と言ったのだが。教会の偉い人から「つべこべ言わねえでこいつを反省させろ給料減らすぞ」と言われてしぶしぶ引き受けたのだ。
「しかし水族館では手が出せる相手が少ないかなと思ったわけだ。お前よりもよって動物園に行ったな」
「『動物と触れ合っちゃおう!』って掲げてたから」
「やめて差し上げろ。なんかもうこの動物名見ただけで何したかわかっちゃったけど、お前アライグマに餌やったな」
「うん、わたあめ」
受け取ったアライグマは嬉しそうに水辺に持っていって洗った。洗って洗って、消えてなくなってしまって。
「ものすごいキョロキョロして、きょとんとしてもう一回探し回ってたよ」
「鍵なくしたときの俺じゃねえか」
「無くしものした時は人も動物も同じなんだね」
「やかましいわ」
その時たまたま居合わせた他の客が「アライグマ可愛すぎる!」とSNSに動画をあげている。ナイスボタン三万回押されているが、アライグマは呆然としていた。そしてはっと我にかえって慌てて水の中をバシャバシャと探し始めている。
「めっちゃかわいそう」
「その後ちゃんとりんごあげたから許してよ」
りんごをもらったアライグマは、いつもの二倍くらい時間をかけてゆっくり洗っていた。何度も手元を確認して、急いで巣の方に戻っていった。多分寝床でゆっくり食べるのだろう。
「これでこのアライグマにトラウマが芽生えてたら、お前の罪二乗な」
「二乗は辛いなあ」
「次、やっぱり水族館に戻ってマンボウ……おいこら」
「まだ内容話してないじゃない」
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