明日、キミと別れる前に。

平木明日香

プロローグ



 学校の階段を駆け上がると、屋上が見えた。


 11月ももう終わる頃だった。


 風は、まっすぐあたしに向かって吹いている。


 頬は冷たい。


 雪は降っていないけれど、今年もクリスマスは来る。


 トナカイさんこんにちは。


 サンタさんは元気ですか?



 あのさ、神さま。



 息が漏れるんだ。


 その胸の内側で、遠い空を見る。


 少しだけ燻んだ空を見る。


 叫びたい気持ちがあるのに、くよくよしてしまう。


 もう、どこにもいけないんじゃないかって、思うくらいに。



 ひりひりするんだ。


 胸の奥が締め付けられる。


 だから、今日はブラウスは羽織らなかった。


 じっとなんてしてらんない。


 ノートにはたくさんの落書き。


 その横を通りすぎる放課後のチャイムと、うす汚れた上履きは、味気ないあたしの人生の象徴だった。



 上履きを脱ぐ。


 その足で、手すりもなにもない屋上に立つ。


 後悔はなかったんだ。


 夏も終わって、冬の季節が近づいてくる頃、あたしが、置き手紙もなく屋上から飛び降りたことは、あたしにとって確かに大きな一歩だった。



 ステージに浮かぶ一人の女子高生のシルエット。


 ほんの一瞬の間、鋭く動いた靴下の白。


 夕暮れ時に沈んだ校舎とコンクリートは、屋上からダイブするセーラー服の影をさらって、どこまでも遠くへ——



 「あたしはあたしと別れたい」



 神さまに言ったんだ。


 どうかどうか、新しい自分に出会えますようにって。


 屋上で口ずさむ。


 その一つ一つの言葉が、風に乗りながら飛んでいく。


 願い事を。


 胸のうちに秘めた思いを。




 意識の中心がぐんぐん世界に近づいて、激しい車輪の音が前方から膨れ上がる。


 飛び出していきたい感情がある。


 投げ出したい思いがある。


 それはまるで、キャンバスの上に落ちていくたくさんの絵の具みたいだった。


 ポタポタと落ちる液体が風になびかれて、白いキャンバスの上で、カラフルな色が鮮やかに動く。



 それは空に似ていた。


 あっという間に、一瞬を切り裂いていく空に。


 太陽のそばにはたくさんの色。


 雲はすごいスピードで流れて、永遠に形を失っていく。


 その情景の変化は、一直線に吹き抜けた。


 手の届きそうな地面を、間近に感じて。



 グラウンド。建ち並ぶビル。排気ガスの匂い。空気中に充満する酸素。



 今日、あたしはどこにいるかな。


 1秒に触れる向こう岸へ。


 空に、いちばん近い場所へ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

明日、キミと別れる前に。 平木明日香 @4963251

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ