魔導王子と花の騎士

くまのこ

第1話 花の騎士の憂鬱

 ミエッカ王国は、この大陸において豊かな国の一つに数えられる大国である。

 かつて、その高い軍事力により国土を拡大していた名残で、現代でも武術を重んじる国柄だ。

 先代の王が崩御して一年が過ぎ、喪が明けたのを機に、今日は久々の「御前試合」が行われている。

 「御前試合」というのは、王城の傍に設けられた専用の闘技場で、王室に仕える騎士や兵士の他、招かれた武道家などが、日頃の鍛錬の成果を王の前で試合形式により披露するというものだ。

 試合は民衆にも公開されており、闘技場に集まった見物人たちは久々の華やかな行事に沸き立っている。

 幾つもの白熱した試合が繰り広げられた後、正方形をした剣舞台と呼ばれる石造りの試合場に、一人の若き女騎士が立った。

 近衛騎士の制服に身を包み、長剣ロングソードを携えた彼女の姿に、見物人たちの間から熱狂的な声援が上がる。


「ライヤ様! 頑張って!」

「素敵ねぇ。制服姿の、なんて凛々りりしいこと。正に『花の騎士』ですわ」

「まだ二十歳にもならないというのに近衛騎士だなんて、家柄を差し引いても凄いですね」

「見て、あの真珠色の絹糸のような髪に、澄んだ湖のような瞳、あんな可愛らしいお顔で剣の腕も立つなんて……同じ女性としても、憧れてしまいますわ」


 着飾った女性たちの黄色い声の中、女騎士――ライヤは、特別席に座っている若き国王ヴァイヌの姿を、ちらりと見やった。

 先代の国王が崩御し、王位を継いだのが、皇太子だったヴァイヌだ。

 まだ二十代半ばの彼は、輝く金髪に宝石のような緑色の目を持つ偉丈夫で、亡き母譲りの美貌と、高潔ながら優しい人柄が、異性のみではなく多くの臣下をも虜にさせている。

 ライヤも多分に漏れず、ヴァイヌに憧れの気持ちを抱いている者の一人である。

 ほんの幼い頃、やはり近衛騎士である父に連れられて王城を訪れた際、ライヤは迷子になってしまったことがあった。

 その時、まだ少年だったヴァイヌが、心細さに泣いていたライヤを慰めながら、父の元へ連れて行ってくれた。

 彼の美しさと、誰に対しても優しく気遣う態度に、ライヤは感激したものだ。

 ライヤが女性ながら近衛騎士への道を選んだのも、ヴァイヌの姿を少しでも近くで見ていたいという気持ちゆえだった。

 戦いそのものが好きという訳ではなかったものの、彼女は幸運にも武芸の才と高い身体能力に恵まれていた。

 「御前試合」はライヤにとって、直接言葉を交わす機会など滅多に訪れない国王ヴァイヌに、自分の「いいところ」を見てもらえる晴れ舞台でもある。


――陛下の前で、無様な姿を見せる訳にはいかない。


 気を引き締めたライヤの前に、同僚であり試合の相手でもある、いかつい顔の近衛騎士が現れた。

 女性としては多少大柄なライヤと比べても、男である相手の背丈は頭一つ分高く、その体躯も鍛え上げられているのが一目で分かるものだ。

 事情を知らぬ者が見れば、これから剣舞台の上にいる二人が剣を交えるなどとは思えないだろう。


「女の子に負けるなよ~」

「ああ~ッ、ライヤ様をいじめないで」 


 男たちによる若干はやし立てるような応援の声と、女性たちの心配そうな声が、剣舞台の上まで届いてくる。


「手加減は不要だ」

「分かっています」


 試合相手の言葉に、ライヤは頷いた。


「降参する他に、場外に落ちる、武器を落とした時点でも敗北です。また審判が危険と判断した場合は強制終了します。では、構え!」


 審判の声で剣を構えたライヤたちの周囲の空気が張り詰める。試合用の剣は刃が無いことを除けば重量も構造も実戦用のものと変わりはなく、無防備な状態で攻撃を食らえば負傷は免れない。

 二人の様子に、見物人たちの声も一瞬静まった。


「始め!」


 開始の声と共に、近衛騎士が素早い踏み込みと共に上段からの打ち込みを見せる。

 相手の速度と体重の乗った一撃を、ライヤが華麗に飛び退すさってかわすと、大きな歓声が沸き起こった。

 何合なんごうか激しい打ち合いが続いた末、ついにライヤの剣が相手の剣を弾き飛ばした。


「勝負あり! そこまで!」


 弾き飛ばされた剣が派手な金属音を立てて床へ落ちるのと同時に、審判の声が響く。


「流石だな。今日こそは一本取ろうと思っていたのだが」


 試合相手の騎士が、痺れが残っているのか、剣を持っていたほうの手をさすりながら言った。


「いえ、勝負は紙一重でした」


 ライヤは微笑んだ。

 見物人たちの歓声の中、ライヤたちは互いの健闘を称えるべく握手を交わした。



 「御前試合」もつつがなく終了し、翌日から、ライヤを含む近衛騎士たちは日常へと戻った。

 普段と同じく、ライヤが訓練場で基礎動作の訓練や他の騎士たちとの手合わせなどを行っているところへ、彼女に面会を求める者が来たとの報せが入った。

 ライヤは、心当たりがないと首を捻りながら訓練場を出た。

 訓練場の出入り口に立っていた面会者は、王に仕える侍従の青年だった。


「近衛騎士ライヤ・タハティ様ですね。陛下が、今すぐ執務室までいらして欲しいとのことです」

「陛下が?」


 突然のことに、ライヤの心臓は飛び上がらんばかりに高鳴った。


「では、私が御案内いたしますので、付いてきてください」


 そう言って歩き出す侍従の後を、ライヤは慌てて追った。彼女は、自分の足が地についていないかのような感覚を覚えた。


――一体、どのような御用なのだろう。まさか、知らないうちに何か粗相を仕出かしていて、お叱りを受けるとか……いや、そんな覚えはない。落ち着かなければ……


 国王であるヴァイヌはライヤにとって憧れの人ではあるが、彼女も身分の違いをわきまえており、恋仲になりたいなどといった気持ちはない。とはいえ、一人の騎士に過ぎないライヤにとって、ヴァイヌからの直々じきじきの呼び出しなど、これまでは考えられないことであり、とても平静ではいられなかった。

 王の執務室の前に到着すると、侍従は入室の許可を得てから、うやうやしく扉を開けた。

 近衛騎士になって日の浅いライヤにとって、ここは初めて訪れる場所だ。

 彼女は緊張しながら室内へ足を踏み入れた。

 重厚な造りの机を前に座っている国王ヴァイヌの傍らには、現在の近衛騎士団長にしてライヤの父であるイルマリが立っていた。

 イルマリの厳格そうな顔立ちと筋骨隆々とした体格はライヤと似ても似つかないが、真珠色の髪と澄んだ湖のようだと言われる青い目が、彼女との血縁を感じさせる。


「近衛騎士ライヤ・タハティ、参上いたしました」

「急に呼び出して申し訳なかった。そう緊張しなくても大丈夫だ」

 

 直立不動で挨拶するライヤに、ヴァイヌは微笑みかけた。

 彼の透き通る緑色の目に見つめられたライヤは、頭がぼんやりして、頬が熱くなるのを感じた。


「近衛騎士団長には話したが、其方そなたの近衛騎士の任を解くことにした」


 ヴァイヌの言葉を理解するのに、ライヤは数秒の時間を要した。


「わ、私に何か落ち度が……?! 後生でございます、どうか、挽回の機会をお与えください!」


 近衛騎士になる為に、美しく着飾ることも社交界への憧れも捨て、武術だけではなく勉学や礼儀作法の習得にも精一杯励んできた過去を思い出し、ライヤは必死に訴えた。


「いや、其方そなたに問題があった訳ではない。話は最後まで聞くものだ」

 

 ヴァイヌは、肩を震わせ涙ぐんでいるライヤをなだめた。


其方そなたには、我が弟であるアルマス王子の護衛に就いてもらいたい。護衛を担当していた騎士が退職することになったのだが、その後任ということになる。昨日の『御前試合』を見て、其方そなたになら任せられると考えたのだ」


 そう言われたライヤは、思わず父であるイルマリの顔を見たが、彼は沈黙したまま頷くだけだった。

 アルマス王子は国王ヴァイヌの異腹の弟で、優れた魔法の使い手というところから「魔導王子」の二つ名で呼ばれている人物だ。

 しかし、アルマス王子は研究室兼住居の「離れ」に引きこもって滅多に姿を見せることがなく、それゆえ彼については、人嫌いで冷酷だとか、怪しい術や魔導具の研究をしている、兄と折り合いが悪く密かに王位を狙っているといった、あらゆる噂が尾ひれ付きで広まっている。

 ライヤは、それらの噂を全て鵜呑みにしている訳ではないものの、「離れ」に引きこもっているアルマス王子の護衛に就くのであれば、当然ヴァイヌと会う機会など望めなくなることに気付いて、暗澹あんたんたる気持ちになった。


――でも、陛下が私の剣の腕を御覧になった上で判断されたのだとすれば、これ程の名誉はない……ご期待に応えられるよう励まなければ。


「ありがたきお言葉、身に余る光栄でございます。謹んで、お受けいたします」


 ライヤの複雑な胸中を知ってか知らずか、ヴァイヌは彼女の言葉を聞くと、満足そうな顔で頷いた。

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2024年12月19日 19:00
2024年12月20日 19:00
2024年12月21日 19:00

魔導王子と花の騎士 くまのこ @kumano-ko

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