僕らの音を

ばろに

第1話

 僕には日常がある。

 それはたとえばリフのように、幾度となく繰り返されてきた。

 何が起ころうと変わらない、日常。

 安心と怠惰の中間で。

 どうしても突き崩せないテーマ。

 そもそもそれは壊すべき何かなのだろうか?

 冒してはならない聖域のように尊い何かなのだろうか?

 僕は同意も反抗もすることなく、それを受け入れていた。



 神木修司(かみきしゅうじ)は、受験生へ向けた説明会の最中である誓歌(せいか)高校にいた。

 10に届かないほどの数参加する説明会の内のひとつ。特に変わり映えしないような校舎を一通り見て回った。

「俺たちの学力で受かるかわからないだけに設備はいいな」

 一緒に来た友人の誠一(せいいち)が、パンフレットを片手に言う。

「なんか……ぴんと来ないな……」

 修司は今まで回った全ての高校に同じ感想を抱いた。おそらくこれから回る高校も同じだろうと思う。

 プログラムでいくと最後に体育館に集まることになっている。修司は帰路に着きたいがために、移動を始めた。

 体育館。

 すでに他の受験生は集まっていて、修司たちは遅いほうのようだった。やがて最後のプログラムは始まった。

 ひとりの教師がマイクの設置された位置に立った。後ろがステージのようで大きな幕に覆われている。

「えーみなさん、誓歌高校教頭の板倉(いたくら)です。本日はお集まりいただきありがとうございました。みなさんのような志のある若者に――」

 そのとき、後ろの幕がばっと降りた。

「教頭の話なんてくだらねえぜ!俺の歌を聞け!」

 ステージにいたのは楽器を持った4人。ドラムと、ベースに、ギターが2人。

 呆気にとられる群衆を前に、イントロが轟く。

「サラー!またおまえたち――」

 叱責、注意をしようとした教頭が、ステージに群がる中学生で揉みくちゃになる。

「すげえ!」

「何これ歓迎ライブ!?」

「これってフレアーよね!?」

 誓歌高校軽音楽同好会、またの名をフレイムアップキーパーズ。これは、彼らお得意のゲリラライブだ。

 一方、修司は他の受験生と同じように呆気にとられた後、前へ駆け出すことはなく周囲を観察していた。

 修司の興味は、この事象、イベントが周囲にどう受け入れられているかにあった。あの教頭が知らなかったことは間違いないが、多くの人間が関わって入念に準備が進められたものだろう。それは、何よりこのライブがつつがなく行われているという事実から疑いようがない。修司はこう結論をつけた。この人たちにはそうさせるだけの魅力があるのだと。

 次に、鳴り響く音に耳を澄ませる。

 ツインギターツインボーカルの力強いサウンド。中心に位置する最初に声をかけた少年――サラーが、曲においてもその中心で確固とした歌声を放つ。もうひとりのギター・ボーカル――伊角(いすみ)が、その傍らに立ち、凛とした歌声を添える。

 バンドのリズムを司る機能について語れるほどの音楽知識は修司にはない。

『何度だって焼き直した第一話

 何度だって始めるんだ』

 曲は最高潮へ。まさしく疾走するように音は駆け抜けていって、一曲の歌が完結した。

 観衆は歓呼の声をもってこれに応えた。

「逃げるぞ!」

「機材を頼む」

 慌ただしくステージから脱出していくメンバーと入れ替わりに、撤収班とでもいうようなグループが機材の回収に取りかかる。

 修司はか細い声で呟く。

「俺……ここ受験する」

「え?」

 聞き返す誠一に、修司は子供のように澄んだ顔でこう言った。

「俺は誓歌高校に行く!」



――20XX年4月

 飛行機の機内でヘッドフォンを着けて音楽に聞き入る少年。

 そのまま空港に降り立つと、青空を見上げた。

 快晴の天気のもと、誓歌高校の体育館。

「新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます。誓歌高校教頭の板倉です。この喜ばしい門出をみなさんと祝うことができ――」

 今日はステージ上で堂々と、教頭は話をしている。

 何事もなく進行する誓歌高校の入学式。そこに、神木修司の姿はあった。

『続いてく世界ー』

 空港に降り立った少年は、ギターを担ぎ、歌を口ずさみながら、軽い足取りでどこかへ向かう。

 教室に戻った修司は、着席し、これから1年間を過ごす新しい顔ぶれを眺める。するとその中に腐れ縁の友人を見つけた。

「誠一」

「おう」

「似合わねえなここの制服」

「うるせえよ」

 何だかんだ緊張していた修司は、軽口を叩ける相手を見つけてそれが解けていく。

 ようやく、辺りを見回す余裕ができた。初めて会う生徒と、交友の差はあれ同じ中学時代を過ごした生徒。

 修司が視線を漂わせていると、近くに座る女子生徒と目が合った。

「大野さん」

 修司と大野由依(おおのゆい)の関係性はそれほど近くない。時折話す機会がある同級生、といったところだ。

「神木くん、同じクラスなんだね!」

「そうみたい。これから3年間よろしく」

 大野さん、喜んでいるのかな?そうだとして、僕は関係ないか。修司は思う。

「うん……初めての場所の緊張感って、慣れないけど嫌いになれなくて、不思議な気分になってる」

「なるほど。確かにこの感じ、拒否したい気持ちと高揚してる自分もいて、面白いね」

「何はともあれ……」

 大野さんは慎ましく微笑んだ。

「高校入学おめでとう、神木くん」

 大野さんは何でもないことをちゃんと言える人だ。見習いたい。

「ありがとう」

 これは、日常のスケッチだ。特別な門出の一日だとしても、今日がその中の一日であることに間違いはない。さあ、僕が忘れてはならないこと、大事にすべきことは何なんだろう?

「新しい環境、か」

 感慨を込めて、呟く。空に放たれたその言葉を受け取ったのは、誠一だった。

「それにしては、残念だな……サラーさんのこと」

 僕は熱心に追いかけていた誓歌高校軽音楽同好会の噂話を思い出す。

 まず、ベース担当の藤堂(とうどう)さんが3月で卒業してしまい、現在ベースが不在なこと。そして、バンドの中心であるサラーさんが行方不明。ただそれはよくあること?で誰も心配はしていないらしい。

 だから問題は、誓歌高校軽音楽同好会が休止状態であること。

『つながらないライン』

 ギターを担いだ少年は、誓歌高校の正門の前にいた。歩みを止めずに少年は校内に入り、迷いなく進んでいく。

 校庭で、少年はどこからか引いてきた電源にどこからか取り出したアンプをつなげる。

『点と点が今 孤ーをー描ーくー』

 アンプはギターまでつながって、少年は、校舎に向かって、構えた。

『どちらともなく俺たちは手を取った

 さあ 探しに行こうぜ』

 爆発的なギターサウンドとともに、少年は歌った。その歌声は真っすぐどこまでも届きそうだ。

 校舎の中の学生たちもすぐにその歌に気がつく。

「サラー?」

「サラーじゃね?」

「サラーだよ!」

「サラーが帰ってきた!」

「これは……新曲か?」

「新曲の……サビ?」

「なんでいきなりサビ?」

 サラーは歌い続ける。聞き入る学生たち。

『やあ

 再会を祝おう』

 聴衆、観衆と化した学生の中に、修司の姿も見つけることができた。

「サラーさんが……帰ってきた……!!」

 その日、誓歌高校の掲示板に1枚のポスターが貼り出された。

 それは誓歌高校軽音楽同好会の活動再開を告げる、新しいベース担当を募集するものだった。

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