第35話
テストが終わったら案外暇な学校生活、部活も特にすることがなくて、なんなら冬休みの活動さえないらしい。
忙しくなるのも年が明けてからって言ってたし今や部活も週に1回あったらいい方で、お菓子作り初心者な3人だけじゃ最低限の活動が限界だった。
ゆるーい活動過ぎて行っても暇なくらいだし、もともと魔法のチョコレートが欲しくて行ってた私が部活動って…
何すればいいのかわかんない。
いろんな意味で邪魔な存在だとは思う。
…だけど、辞めたいとは思わないんだよね。
そう思う私もそれなりにチョコ研のことが好きなのかなって思ったりして。
悩みが尽きな過ぎて頭が痛いなぁ。
ぼけーっとしながら授業を聞いていた。古典の音読がいい感じに眠気を誘う。
やっば、落ちそう…
頭が重すぎて、このままドンっと倒れそう。
「…ぎさわさん、柳澤さんっ」
「あ、はい!」
危うくあっちの世界へ飛び立つ手前、名前を呼ばれてることに気が付いた。
だけど慌てて返事をしたから過剰反応しすぎて立ち上がっちゃった。
「…ちゃんと授業聞いてましたか?」
「き…っ、聞いてました!」
「…そうですか、では柳澤さん。次のところ読んで」
古典の
今まさにそんな感じ、絶対怒ってる。
次のところ…
を読みたいんだけど、次のところもわからない。
咲希に助けを求めようと思ったけど私より後ろの席の咲希にSOSを送れるわけなくて、しょうがなくここは諦めることにした。
「…先生、頭が痛いんで保健室行ってもいいですか」
これも本当だし、本当に頭が痛いんだし、嘘は言ってない。
少しだけ沈黙した後、葉田先生がはぁっと息を吐いた。
やば、怒れるかな…っ
「じゃあ保健委員、保健室へ連れてあげっ」
「あ、大丈夫です!1人で行けます!1人で…っ」
無理くり先生を納得させるように訴え、静かに教室を出た。
でも…
保健室か、そこも行きづらくて余計に頭が重くなる…
「失礼しまぁーす」
静かに保健室のドアをを開け、ゆっくりと中へ入るも琴ちゃん先生はいなかった。
なんだ、ちょっとだけ緊張してたのに。
職員室の方かな?どうしよっかなー…
もう教室戻るのは嫌だし、このまま少しだけ眠らせてもらおうかな。
ぴちゃぴちゃと加湿器の音が聞こえるだけの空間で、なんとなく音を立てちゃいけないような気がしてこそっと布団に潜り込む形でベッドを借りようと思った。
カーテンの閉まる奥、ベッドのあるところにそっと近付きシャッと天井に設置されたリールを滑らすように開ける。
「!?」
加湿器の気配しか感じない保健室に自分以外に人がいるとは思わなかった。
てゆーかここで小鳩と会うとは思わなかった。
「え、あ、えっ!?」
おかげで変な声出ちゃったし、わっかりやすく戸惑っちゃったし。
「………保健室です、静かにしてください」
「…ご、めんっ」
一瞬私に向けた視線を逸らすように布団を被った。
…絶賛機嫌悪いな。
でも最近ここにも来てないって言ってた小鳩がいるってことは、体調よくないのかな。
「小鳩、…大丈夫?頭痛?」
「…健康だったらここへは来ませんよね」
「ですよね」
会いたいって思ってたはずなのにいざ会うと何話したらいいかわかんないな。
積もる悩みがあったのに、会ったからといって解決できるわけでもない。
いつだって聞きたいことは聞けないんだから。
「…何座ってるんですか」
「え?…あ、なんかつい!」
しまった、布団からかすかに見える小鳩の寝顔見てたらついそのままベッドの前にあった丸イスに座っちゃった。
何話したらいいかわかんないって思いながら、会えたことを嬉しく思う私もいて。
こんなこと小鳩に対して思ってるなんて恥ずかしくて言えないけど。
「…何か用ですか?」
「用って…私も頭痛くて保健室来たんだけど」
「隣のベッド空いてますよ」
「ですよね」
ぴちゃ、ぴちゃ、って音がしてる。加湿器って案外うるさい。
布団に埋もれる小鳩を見て、ただ黙っていた。
「………何か用なんですか?」
そしたら布団から顔を出した小鳩にキッと睨まれた。
そらそうだ、ベッド借りに来たっていいながら何してるんだって話で。
「あ~えっと、もうすぐ調理実習じゃん?私まだ思い付かなくて、小鳩は何作るの?」
こんなどーでもいい話しか言い出せなかった。
しかも絶対今する話じゃない。また怒られてしまうこれでは。
「………っ」
気のせいかな?
今舌打ち聞こえなかった?
そうね、これはさすがに私が悪いよね。
何楽しく会話始めてんだってね。
「テーマはお餅だよね!やっぱチョコレート使うの?」
いっそのことここは押し切ってやろうかなって、思い切って話を続行してみたけどめちゃくちゃ興味なさそうで顔で一切の筋肉が止まっていた。
怒られなかっただけマシだったかもしれない。
「……。」
あと答えは返って来なかったし。
無視って…
いや、これもデフォルトなんだけど。
いっつも他人に無関心で、淡々として大声で叫んでるとこなんて見たことなくて、1ミリたりとも姿勢を崩さない。
それが小鳩だもん。
ここで楽しく会話するなんてこともないしね。
ガラッとドアが開く音が聞こえた。
体がビクッとなって思わず振り返ると琴ちゃん先生があれ?という顔で入ってきた。
「柳澤さん、どうしたの?ごめんね、今職員室行ってて」
「あ、あの…っ、なんか頭痛くて」
本当にそうだったんだけど、胡散臭い言い方をしてしまった。
「それは辛いね、どれぐらい痛むの?熱は?」
「熱はー…ないと思う」
「念のため測ってみて」
そう言って体温計を渡された。
小鳩が寝てる前で測るのはなんだか恥ずかしくて、いつもの机の方移動した。脇に挟んで熱を測るタイプの体温計はいくら私でも人前ではできないもん。
「小鳩くんも調子はどう?」
「……。」
「まだ頭痛い?」
「…さっきよりはいいです」
小鳩のか細い声が聞こえる。
私と話してる時とは全然違う。
それは今頭が痛いから?弱ってるから?
それとも…
「…もう大丈夫です」
ギシッという音にカーテンの向こう側で小鳩が起き上がったのがわかった。
まっさらなカーテン越しに2人の影が揺れている。
「本当に?もういいっ」
パシッと乾いた音が響いた。
その音に驚いてクッと息を飲んだ。
小鳩が琴ちゃん先生の手を振り払った音、手を伸ばした琴ちゃん先生の手を勢いよく弾いた音。
「…大丈夫なんで」
そんなに強く
そんなに嫌だったのかな、だけどそれは…
カーテンの影でしかわからない2人のやりとりをただじっと見ていることしかできなかった。
「でもっ」
「大丈夫!」
「…っ」
「だから、もうほっとけよ!」
いっつも他人に無関心で、淡々として大声で叫んでるとこなんて見たことなくて、1ミリたりとも姿勢を崩さない。
それが小鳩…
だと思ってた。
琴ちゃん先生の前ではそんな声出すんだ。
琴ちゃん先生の前ではそんな風に話すんだ。
そんなの、私は知らない。
シャッと開いたカーテンから出てきた小鳩は一瞬私の方を見たけど、何も言わず早足で保健室から出て行った。
嫌悪感丸出しの、感情をむき出しにした…
そんな小鳩は初めてだった。
少しだけ怖かった。
バンッという大きな音と共にドアが閉められた。
あんなに丁寧に繊細なチョコレートを作る小鳩からは想像しにくい音で、私の胸に響いた。
「……。」
琴ちゃん先生がその閉められたドアを見ながらはぁっと息を吐いた。
「…なーんか最近私に冷たいんだよね」
まるで小鳩との関係を物語っているようでなんて返事をしたらいいかわからなくて。
普通の生徒と保健の先生で、そんな風に言うかな。
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