第9話
今日の放課後はチョコレートフォンデュ!
朝からずーっとワクワクしてた。チョコレートフォンデュなんて家でしたことないし、しかもそれが学校で出来ちゃうのも楽しみだし、小鳩のためと言いながらほとんど自分がやりたいだけな感じだけどめっちゃ浮かれてる。
ホームルームが終わったらすぐに家庭科室に行こう!
もう待ちきれないなっ
日直の合図で立ち上がる、これが終わればその瞬間解放される。
そしたらすぐチョコ研に行こ!でもそしたら小鳩より早く着いちゃうかもしれないか!
あ、あいさつ終わった!!
「詩乃、ちょっといい?」
リュックを背負って、すでに脳内はチョコレートフォンデュでいっぱいだった私に咲希が呼び止めた。
「何…?どうしたの?」
明らかにいつもと様子が違って。
てゆーかここ最近の咲希は元気がない、それも何が原因かわかってるんだけど、今日はそれ以上に元気がなかった。
「咲希…?」
下がった眉に全然笑いたくなさそうな、それでも無理に笑ってた。
「あ、詩乃忙しい?今日も笹原くんと…」
「大丈夫!何にもないから!」
そんな咲希のこと、ほっとけるわけなくて。
そらぴょんにはチョコレートフォンデュは明日にしてほしいってLINEを送った。これはチョコレートフォンデュより大切なことだ。
「咲希何かあったの?」
みんなが帰ったあとの教室は静かで、咲希の隣に並んで窓際の壁にもたれながら話を聞いた。締め忘れた窓からひゅーっと風が吹いてくる。
「…今日ね、光介に一緒に帰ろうって言われたの。だから待っててほしいって」
「そうなんだ!」
小さな声で、このまま話していたら咲希は泣いちゃうんじゃないかと思った。
「…嬉しくないの?」
「なんか…、嫌な予感しかしないんだよね。急に待ってなくていいって言われたり、お昼休み会いに行ってるのも…私が会いたいからなのかなって思うし…、だから…」
消え入りそうな声で、ゆっくり俯いた。
こんな時、何を言ってあげればいいんだろう。
付き合っていても不安なことってあるんだね、それは恋をする限り尽きない悩みなのかもしれないね。
「咲希…」
「ごめんね、急にこんな話!」
すぐに顔を上げて、笑顔を作り直したのがわかった。でも全然ぎこちなくて上手く笑えてない。
「咲希…、私の前ではそんな顔しないでよ」
「…っ」
何もできないけど、私がどうかしてあげられることじゃないけど。
ただ咲希の話を聞くことはできるし、一緒に泣くことだってできるよ。
「私も一緒に待ってるから!案外普通の話かもしれないし!」
「詩乃…、ありがとう」
****
もうきっとそらぴょんは帰ったよね?
私が帰っていいよって言ったもんね。部活の終わる時間、小鳩ももう帰っちゃったかな…
下駄箱で咲希と別れて、そのまま帰ろうかと思ったけど気になって家庭科室まで来ちゃった。もしかしてまだいるかもしれないって…
「失礼しまぁーす」
ゆーっくりおそるおそるドアを開けた。静かに、囁くような声で、少しでも気配を消すように。
「…?」
ドアを開けきってもいつもの鋭い視線は感じなくて、癖で期待しちゃってたのか何もない方が違和感だった。
そろっと家庭科室に入って、中の様子を確認する。
「……。」
隅っこの調理実習台の前にイスに座って小鳩が台に顔を伏せていた。
寝てる…のかな?
しーんと一切物音のしない家庭科室で、そぉーっと近付いてみるとスヤスヤと寝息を立てていた。
こんな無防備に寝たりするんだ、それはちょっと意外だったかも。しかも全然起きないじゃん。
じぃっと見てみたけどちっとも気付かなくて、それよりも私の視線は小鳩が伏せるその横のものに奪われた。
「きれーい…」
思わず声が溢れ出たぐらい。
でもそんな言葉じゃ言い表せれないぐらい。
一口サイズの花の形をしたツヤツヤと光るチョコレートたちが一寸の狂いもなく整列して、まるでアートのようなチョコレートだった。
「…やっぱりすごいんだな、小鳩は」
売りものみたい、それだけじゃもったいない。
見るだけでこんなに感動できるんだもん。
これは噂になるよ、これが魔法のチョコレートじゃなくても…
「盗みは犯罪ですよ」
チョコレートに夢中になりすぎて私の方が全く気付いてなかった。背筋をシャンとした小鳩がいつもの視線で私を見ていることに。
「起きてたの!?てゆーか盗んでないし!」
「未遂でよかったですね」
「未遂でもないよ!盗むつもりもなかったから!」
すぐに立ち上がった小鳩はパパッとチョコレートたちを箱に詰め、目にも留まらぬ速さで片付けた。
本当に早いから、別に盗まないって言ってるのに。
「…ねぇ、そのチョコレートってどうするの?」
「あげませんよ」
「もらおうと思ってないからいいよ!」
本当にそれは思ってないし、ちょっと気になっただけで。
「…単純にどうしてるのかな?って思っただけ。毎日部活で作ってるから、小鳩チョコレート嫌いなのにどうしてるのかなって。全部自分で食べてるの?」
パカッと開けるようなただの白い箱に詰められ、誰かにプレゼントするようにも思えないし…毎日持ち帰ってるのかな。
「これは部長に渡すので」
「部長!?」
「はい、部のルールなんで。完成品は部長に渡すと」
急に部活っぽかった。
そっか、確かに、部長の許可も必要なんだ。
「部長は来ないの?まだ一度も見たことないんだけど」
「あの人は気分屋なので」
「え、そんな感じ?そんな感じでいいの?」
これがさすが研究会っていうか、ゆるーいノリで。だから部員じゃない私も勝手に家庭科室に入ってウロチョロできるのかもしれないけど。
あれ、ということは…
「えっ!!?じゃあ部長は小鳩のチョコレート食べ放題じゃん!?」
なんかちょっとわかった気がする!
部長が窓口なんじゃないの?
だって部長は先輩って言ってたし、小鳩のチョコレートを手に入れて告白してた人も先輩だった…!
「……。」
うわーーーー…
小鳩が蔑んだ目で私も見てくるー…
何考えたか悟られたな、あれは。
「僕、帰ります」
「待って!私も帰るから!」
スクールバッグを肩に掛けた小鳩は右手にチョコレートの入った箱を持って家庭科室の電気を消した。置いてかれると思って慌てて廊下に出た。
お互い帰るんだから行先はもちろん同じで、下駄箱目指して歩いた。だって靴に替えないと帰れないし、だからそこまで隣を歩くのはなんら変なことじゃない…
と思ってるのは私だけみたいで。
「露骨にそんな離れなくてもよくない?別に小鳩に何もしないよ?」
「今話しかけてますよね」
「話すのもダメなの!?」
さすが
私はバイキンかっ
心外過ぎて心の中でツッコんじゃうわ。
「あ、そうだ!小鳩はフルーツは好き?」
「…なんですか、それは」
「質問だけど、YesかNoか!」
「……。」
すぐに拒否権を発動されたから、そんなのお構いなしに話を続けた。
「明日チョコレートフォンデュしようよ!チョコ研の活動で!」
「いや、あなた部員じゃないですよね!?」
「部活見学って項目があるじゃん、うちの高校には」
「それは見学って…っ」
目を細くして、ん?という表情をした小鳩は何か心当たりがあったのか途中で話すのをやめた。私を見る目はどんどん細くなって、見えなくなるんじゃないかと思った。
「…フルーツ盛り合わせ」
重そうに口が開く。ボソッと呟いたその言葉には心当たりがある。
「冷蔵庫に入ってておかしいなと思ったんですよね。もしかしたら部長のかもと思ってそのままにしておきましたが、原因はあなたですか」
原因って、犯人ならまだしも原因て。人を危険人物みたいに言わないでよ。
そうだけどね、そうなんだけどね!?
朝こっそり昨日買った30円引きのフルーツ盛り合わせを家庭科室の冷蔵庫に入れさせてもらったの。だって傷んじゃったら嫌だし、小鳩が使ってたからチョコ研の材料ってことにしておけば許されるかと思って。
「見付かっちゃったなら話は早いんだけど、どう?チョコレートフォンデュ!」
「……。」
「チョコレートは嫌いでも、フルーツと組み合わせたらイケるかもしれないな~って!」
「…そこまでして欲しいんですか、チョコレート」
スッと小鳩が前を向いた。私から見える横顔は髪にかかってどんな表情をしてるのかよくわからなかった。
「…正直言ったら、欲しい!」
「そんなっ」
「でもそれだけじゃないよ?」
もちろん、小鳩が作ったチョコレートを手に入れることが目的だった。
今でもそれは変わってない。
「小鳩と初めていっぱい喋った日ね、ほらカカオからチョコレート作ってた時!」
私の小鳩のイメージは人に関心がなくて、とにかく威圧感を放ってて、目付きが悪くて、誰とも話さない…
最悪だけどそんなイメージだった。
だけど自分の好きなことについてひたすらに話す小鳩はわかりにくいけど楽しそうに見えたから。
「一瞬笑ったでしょ?」
“奥が深いです”
ニッって、嬉しそうに。
「あの時思ったんだよね、その顔も悪くないなって」
もっと見たいと思った、笑った顔が。
「だって小鳩っていっつも1人だし、絶対友達いないし」
「余計なお世話です、いませんけど」
「それ見てね、もったいないなぁって思ったの!」
そんな顔できるならもっとすればいいのに。
「あの時の小鳩いい顔してたよ」
してみたら、いいのに。
「別に…、そんな顔した覚えはないです」
「え~、照れてる~?」
「照れてません!」
「みんなの前でもそうすればいいのに、もったいないよ!」
にこっと笑って見せたけど、小鳩は相変わらずでフンッと目を逸らされた。
チョコレート以外にはなかなか笑ってくれないんだね、手厳しい。
だけど、私はあの顔…
嫌いじゃなかったよ?
「じゃあ明日!チョコレートフォンデュ楽しみだね!」
「……。」
下駄箱に着いた。上履きからスニーカーに履き替えて、小鳩に手を振る。
「小鳩っ、ばいばい!」
「…。」
「ばいばいっ!」
「~っ、さようならっ」
無理矢理のさようならだったけど、それでも言ってくれたことがなんだか嬉しくて。
ふふって笑っちゃった。
明日も、楽しくなったらいいな。
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