第7話

今日のお昼休みも咲希は光介くんのもとへ行くと忙しそうだった。昨日買って来たマドレーヌを2個渡すと一緒に食べるねって喜んでくれて、少しでもこれで2人の会話が盛り上がったらいいなぁーなんて思っていた。


さぁ、私も行こうかな。


早くお弁当を食べて私も…



「こーばとっ」


「!」


「こんなとこで食べてたんだ!めっちゃ探したのに全然見付からないはずだよ!」


2組の教室を覗いたけど小鳩の姿はなくて、だからどこかで食べてるのかなーって学校中を歩き回ってやっと見付けた。

保健室のテーブルでお弁当広げてるなんて全く考えになかった。


「……なんですか」


「いつもここで食べてるの?」


「先に質問に答えてくれませんかね」


小鳩の隣のイスが空いてたから、自然とそこに腰を下ろした。


「ここエアコン効いてて涼しいね!」


「僕の話聞いてます?」


ピシッと背筋を伸ばして、教科書に載ってる正しいご飯の食べ方って感じでそれはとっても小鳩らしい。


「あら、人が増えてる」


ガラッとドアが開いた。声を聞いてすぐ、両手を上げながらドアの方を向いた。


「琴ちゃん先生ー!」


東雲琴乃しののめことの先生、白衣が似合うショートカットの保健の先生。

26歳の琴ちゃん先生は可愛いし美人だし優しいしみんなの人気者で、用もなく保健室に来てる人は結構いる。


だけど小鳩までその1人とは予想外だった。


「小鳩も琴ちゃん先生のファンだったんだね」


「何言ってるんですか?」


私たちの会話を聞いて琴ちゃん先生がくすくす笑っていた。

不満そうな小鳩が最後の一口だったプチトマトを口の中に入れた。


「小鳩くんはそうじゃないよね」


くすっと笑う姿も凛としていて、まるで白衣の天使…は看護師さんに言う言葉だっけ?とにかく白衣が似合うの!真っ白の白衣が!それぐらい琴ちゃん先生は保健の先生がしっくり来る。


「頭痛は大丈夫そう?」


「はい…、もう大丈夫です」


「そう、よかった。薬はなるべく早めに飲むようにね」


薬…?

健康優良児の私には無縁の会話で、保健室ではこんな会話がなされるのかってちょっと新鮮な気持ちになっちゃったり…あ、じゃなくて!


「小鳩頭痛いの?」


「今は痛くないです」


「今は??」


食べ終えたらすぐ片付けを始める、このテキパキ加減は家庭科室にいた時とおんなじだ。これがいつもの小鳩結都なんだってことを知った。


「小鳩くん、頭痛持ちなのよね」


頭痛持ち…?

たまーに聞くその言葉、小学校の頃から耳にはしていた。隣の席のゆみちゃんが頭痛持ちでよく早退してたっけ?それ見て思ってたんだよね…


「じゃあ私は職員室戻るから、出てく時はエアコン切っておいてくれる?」


「わかりました」


琴ちゃん先生が出て行く、だからばいばいと手を振った。まだお昼休みが終わるにはまだもう少し、保健室で小鳩と2人になった。


「小鳩、よく保健室来るの?」


「……。」


「もういいの?」


「…。」


「チョコ研入部希望です!」


「お断りします」


「あ、喋れるじゃん」


眉間にしわを寄せながらこっちを見た。だから満面の笑みで返してみた。


「何なんですか?」


「私ね、好きな人がいるの」


「全然興味ないんですけど」


そらぴょんのことを脈絡ないと言いながら、私も変わらないかもしれない。


「わかってる!聞いてほしいの、私の独り言だと思って聞いて!」


だけど話したくなったから、ただ話したかったから。


はぁっと息を吐いた小鳩が水筒の蓋を開けた。そのままごくんっとお茶を飲んでスッと前を向いた。


これは…聞いてくれる、ってことでいいのかな?聞いて…


「一目惚れだったんだけどね」


ふと目を閉じればすぐに思い出せるほどに、あの日から私を揺さぶって来る。


「…でも全然勇気がでなくて。話しかけるどころかすれ違うだけでもドキドキして、まだ話したこともないの」


小鳩はじっと前を見つめ、特に相槌なんてものもなかったけど静かに聞いてくれていた。


「だけど、それじゃ何も進めないよね」


そう思ってばかりの自分が嫌で、わかってるのにその繰り返しで。いい加減うんざりだってしてるのに何もできないまま毎日が過ぎいく。


「それでね、噂だったんだけど小鳩の作るチョコレートには告白が成功するジンクスがあるって聞いたんだよね!」


それは私にとって、本当に魔法の言葉みたいだった。


聞いた瞬間、扉が開くみたいな。


ドキドキする気持ちが高鳴りに変わったの。


その扉の中に一歩踏み込んでみたいって思ったの。


「そんなの嘘ですよ、ただのチョコレートにそんな効果あるわけないです」


「そうかもしれないけど!でもそれで恋する女の子は勇気もらえるっていうか…背中押してもらえるっていうか、がんばろうって思えるんだよ」


“これで…告白がんばれる”

昨日もらったっていってた女の子みたいに。

ちゃんと告えたのかな?どうだったんだろう…


「…だから僕に作れって言ってるんですか?」


「まぁ直接的な言い方をすれば」


「お断りします」


何度目かのこの言葉にはだんだん慣れて来た。

小鳩の口癖かな?ってぐらいよく聞いているから。


「あはは、だよね!」


「何笑ってるんですか」


いつもより声の大きくなった小鳩が眉毛を吊り上げながらこっちを見た。私が笑って返すとは思わなかったらしい。


「それはそうだよなーって思って、だってこれは私の勝手だもん。小鳩が付き合うことじゃないし」


眉間にしわを寄せ、さらに眉毛を吊り上げて、はぁっとタメ息を吐いてまた正面を向いた。


「…じゃあ何で話したんですか?」


「なんだろうね?」


「は…、一体何なんですか?何が言いたいんですか!」


「小鳩に聞いてほしかっただけだよ」


チョコレートが欲しいのも本音だけど、これも本音。これも私の勝手だけど。


「…僕は別に聞きたくもなかったですけど」


実はこっそり持って来ていた例のものを、スッと取り出して小鳩の前に出した。


「マドレーヌ食べる?」


「は?」


昨日そらぴょんに教えてもらったマドレーヌ、潰れないように気を付けながら持って来てた小鳩にもあげようと思って。


「これめっちゃおいしいよ!」


食べてみてよと言わんばかりの表情で、はいっと渡した。相変わらず仏頂面で1ミリ足りとも口元は緩まないけどこの無愛想にもそろそろ慣れて来たし。


「知ってた?マドレーヌとフィナンシェの違いって形なんだって、貝殻の形してたらマドレーヌなんだよ!それってその時の気分によるよね、今日はマドレーヌにしたいから貝殻型使おうかなっ」


「厳密には材料も違いますよ」


「え?」


私の話を途中で止めるように小鳩が遮った。


「フィナンシェは卵白のみを使用しますがマドレーヌは全卵を使用します、だからもちろん味や触感も変わってきます」


…そーいえば言ってたかな?原料も違うって、そらぴょんが。ざっくり言えば形が違うって話だったような気もする。


「知らなかったんですか?」


「し、知ってたよ!」


なんでいちいち高圧的なんだろう、背が高いからより下に見られてる気がするんだよ。


「…、小鳩はチョコレート以外も好きなんだね」


「好きじゃないですよ」


お弁当や水筒を詰めたバッグを持って小鳩が立ち上がったから、置いてかれないようにすぐさま一緒に立ち上がった。


「そうなの!?じゃあチョコレートが好きなんだ!」


「別にチョコレートも好きじゃないです」


エアコンのスイッチもどこにあるのかちゃんと把握してて迷うことなく消していた。何度もここへ来てるんだなってこれだけでわかった。ついでに部屋の電気も消して外に出ようとドアを開けた。


それよりも何よりも、今の発言にはちょっとびっくりして。だってカカオから作っちゃうぐらいだし、あんなに饒舌には語ってたのに。


「好きじゃないの!?」


「はい」


そらぴょんだって私だってやましい気持ちでチョコ研に入ろうとしてるのは事実だけど、大前提にお菓子が好きってことがある。

だから何のやましい気持ちもない小鳩は純粋にお菓子が、チョコレートが好きなんだと思ってた。


「じゃあなんで小鳩は作ってるの?」


「好きだからです」


「…え?どうゆう?」


スタスタと歩いていく小鳩の後ろ姿を足早に追いかける。じゃないと追い付かなくて。


「…作るのが好きってこと?」


ちっともこっちを気にする素振りなんてなく、前だけを見て歩き続けてる。


「食べるのは嫌いだけどってことなの?」


私の話を聞いてるのかも怪しい。保健室は全校生徒の下駄箱の隣、玄関に近いところにあってそこから教室に戻るにはひたすら階段を上っていかなきゃいけない。


「……。」


そんでもって返事はちっとも返って来ない。


甘いもの、苦手なのかな。確かに苦手そうな雰囲気してるよね。あの仏頂面で甘いもの大好き♡って感じしないもん。


「あ、わかった!」


初めて小鳩の足が止まった、階段を上る小鳩の足が。


「じゃあ好きにさせてあげる!」


振り返った表情はあの仏頂面だったけど。階段の上ってことでもっと高圧感たっぷりだったけど。


「…いや、何言ってるんですか」


「食べるのも好きだったら、部活ももっと楽しくない?」


「別に楽しくなくていいですけど」


「部活楽しくないの!?」


「そうゆう意味じゃないです」


仏頂面から呆れた表情に変わる瞬間、階段の下から小鳩を見上げた。


「ねぇ、もしチョコレートを食べるのが好きになったら」


そして、にこっと笑って見せた。


「私にチョコレート作ってよ、小鳩の魔法のチョコレート!」

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