第6話

「あれ?咲希今日は帰るの?」


ホームルームは終わってしょーーーがなくそらぴょんを待ってると、すでに帰る支度をした咲希が教室から出ようとしていた。いつもは光介くんを待ってるから支度だってゆっくりなのに。


「うん、部活忙しいみたいで先帰ってって言われたから」


「あ、だからお昼会いに行ってたんだもんね!一緒に帰れないのはちょっと寂しいね~」


「そうなの、遅くなっちゃうと待ってられるのも気になるみたいで」


それも気ぃ遣っちゃうか、待ってる方も待たせてる方も。付き合うにもいろいろあるよねそりゃ、彼氏いたことない私にはそこは未知なる世界でわかんないけど。


「咲希1人なのにごめんね、そらぴょんのゴリ押しの約束があって」


「全然いいよ、笹原くんと楽しんできてよ」


「いや、楽しいかどうか…」


そらぴょんにも咲希ぐらい気遣いって心を持ってほしい。こっちの予定お構いなしなんだから。


「咲希にもお菓子買って来るよ!」


「ありがとう、楽しみにしてる!」


ばいばいと手を振って教室から出て行く咲希を見送った。さぁ隣のクラスはどうなかなって、廊下からチラッと覗いてみるとまだホームルーム中だった。


そらぴょん1番前の席じゃん。あの頭で1番前って、ほんとどこでも中心じゃん。


「……。」


小鳩はどこかな。ある意味小鳩も目立つからすぐわかりそうだけど…


あっ!思いっ切り目が合った!!


覗いた窓から一番近い席に座ってたから。前から3番目の廊下側…、めっちゃ嫌そうな顔されたし。


…もう完全嫌われてるかな、私。


いっそのこと営業スマイルでも決めようかなって思ったけど、また舌打ちが聞こえそうな気がしてやめといた。ホームルーム中にクラスメイトだって小鳩の舌打ち聞きたくないよね。

怒られる前にサッとドアの影に隠れた。あんまり小鳩を刺激するのはやめよう、目標に辿り着けなくなってしまう。

ペタっと壁にくっ付くようにもたれて、なるべく気配を消してホームルームが終わるのを待った。


「おっまたせーーーーー!!!」


なのに思ってる3倍のテンションでやって来るから、デフォルトのダブルピースをして。


「…待ってたよ」


「ごめんね~、遅くなっちゃって!」


声も思ってる3倍はするから、マジで超注目の的。みんながチラチラと見ていく中、目を細めた小鳩がゴミを見るような目で見てくる。


ちょ!そんな顔しかめなくてもいいのに!!せっかくの顔のよさ台無しだよ!?


おはようも言えなかったけど、ばいばいも言えなかったし。


「行こ!学校終わるとお腹空くよね~!」


ニコニコとご機嫌なそらぴょんに少しだけ苛立ってしまった。


なんでいっつも自分のペースなの?もっと周り見えないの!?見てないの!?


てゆーかまだ私行くって言ってない!

…行くけどね!行くつもりで待ってたけどね!!


「駅前のお店知ってるー?西側のちっちゃいケーキ屋さん!」


「…知らない」


その不服さを表に出したくてわざと冷たい言い方をした。


「じゃあ初めてだ!絶対気に入るよ、すっごい可愛いから!」


なのにニコッと小動物みたいに笑うから。なんだか私が負けたみたいじゃん。


「俺のおすすめはやっぱりマドレーヌだよ!」


「…じゃあそれ買う」


「ほんと~?俺もいっぱい買お!」


そらぴょんに連れられておすすめっていうケーキ屋さんまで向かった。

駅前の西側にある小さなケーキ屋さん、華やかな東側と違って静かで心なしか薄暗く、清々しい空気だけは溢れてるような、そんなとこにあるんだって教えてくれた。そっちには私も行ったことがなくて、ケーキ屋さんがあることも知らなかった。


そんなとこにあるケーキ屋さんのマドレーヌってどうなのかな…


「あ、そこだよ!」


そらぴょんが指さした先には小さなっていうかこじんまりっていうか、いかにも老舗のケーキ屋さんという風貌のギリ廃れてないようなお店があった。


「イートインスペース的なとこもないから買ってどっかで食べよ!」


お店の中もしーんとしていて入りずらい空気だったけど、人のよさそうな年配の男の店主さんが丁寧に対応してくれた。そらぴょんは常連さんっぽくて店主さんと仲良さげに話して、ほんと誰とでもどこでも喋れるんだなぁって感心しちゃった。


そらぴょんがたくさんマドレーヌを買う隣で同じようにマドレーヌを買うことにした。私の分と咲希のと、光介くんもいるかな?あとは…


シンプルな茶色の紙袋に買ったマドレーヌを入れてくれた。何の文字も書いてない、お店の名前すら書いてない紙袋がより町のケーキ屋さん感を醸し出して。


紙袋を抱えるように駅の東側へ向かった。あっちには噴水の周りにベンチがあって休憩するところもあるから、そこで食べるためにコンビニでペットボトルの紅茶も買ってもう気分はマドレーヌだった。


駅前広場の噴水の前、大きな木をぐるっと一周囲うようなベンチに座った。ちょっと暑いけど日陰だし、風に吹かれて飛んでくる噴水の水はミストみたいで気持ちいいし。


「絶対おいしいから!」


マドレーヌに対するそらぴょんの熱量がすごくて、まだ推してくるからめっちゃくちゃ上がってしまったハードルを抱えながらマドレーヌを一口…4これで普通だったらどんな反応すればっ


「おいしい~~~~~~♡♡♡」


ぱくっと一口食べただけでわかった、何コレめっちゃくちゃおいしい!考える間もなくおいしいが先に出ちゃった!声出ちゃってた!


「でしょでしょ!あのお店から想像付かないでしょ!」


あ、そらぴょんもそれは思ってたんだ。お店の風貌地味だなって。


「表面はカリっとしてるのに中は超しっとりでなめらかなの、バターの香りも最高でしょ!」


捲し立てられる早口にふと思い出す、あの瞬間。

小鳩もチョコレートのこと語る時は饒舌だったなって。


「そらぴょんはマドレーヌに興奮するタイプなの?」


「え、何それ?普通に女の子に興奮するタイプだけど」


「あっ、そんな顔してその返答来ると思ってなかった!」


そらぴょんもマドレーヌを袋から取り出して食べ始めた。おいしくてあっという間になくなってしまいそう、もっと買えばよかったかも。


「そらぴょんってさ、甘いものが好きなんだよね?」


「うん、好きだよ!マドレーヌも好きだし、何でも好きだけどね!マカロンとか、クッキーも好きだし、なんならポテトチップスだって好き!」


それは私だって好きだけど。あったらなんだって食べちゃうし、おいしかったらしあわせだし。


「でもそれだったらチョコ研入らなくてもよくない?」


チョコレート研究会にこだわる必要はないと思うんだよね。お菓子が好きなら実は家庭科部ってやつがうちの高校にはあるし、家庭科部だから裁縫とかボランティア活動もあるけど料理だってするし、好きなように作れると思うんだけどな。わざわざ小鳩から許可もらうなんて、高い山登ろうとしなくても。


「メリーは何で入りたいの?」


「え…」


私は…


「待って、メリーって何!?」


あまりにいつも呼んでますって感じで呼んで来たから1回受け入れかけちゃったけどそれって私のとだよね?たぶん私のことだよね?だってがっつり私のこと見てたし、私しかいないもんね!?


「だって柳澤だから!ヤギじゃん!そんで、メリー!」


元気にこぶし突き上げて、キャッキャと笑って…。何がそんなに楽しいのかもはやよくわからないけど…


「そらぴょんそれはたぶんそれはひつじ…、ヤギじゃないよ」


知らぬ間に愛称が付いてしまった。しかもヤギみたいだけどチョコレートみたいな。


「メリーと同じ理由だよ♡」


「え…」


急に静かになって微笑んだ。私の目を見て、どこか切なげに。


「それって…っ」


急にそらぴょんが立ち上がった。私の持っていた食べ終わった袋のゴミをスッと持って、自分のゴミと一緒に目の前のゴミ箱の方へと歩き出した。


「……。」


あんな顔もするんだ。いつもはがむしゃらに元気なのに。あの瞳…


“メリーと同じ理由だよ♡”


もしかして、そらぴょんも…

そらぴょんも勇気が欲しいってことなの?


そらぴょんも同じ…

やっぱりみんな信じてるんだ。


信じたいぐらい一生懸命なんだ。


「ねぇねぇメリー!あっちのアイスもおいしいんだけど、行かない~??」


くるっと振り返ったそらぴょんはいつもと変わらない顔をしていて、サンサン光る太陽に空色の髪が輝いてた。それが眩しくて目をつぶりそうになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る