第1話

「お願いっ、どうしてもチョコレートが欲しいの!私のために作ってください…!!」


恥を忍んでまぁ軽く?土下座なんてしてみた。人生初めての土下座は思ったよりすんなり頭が地面についた。

ここが学校の廊下だってことも全然気にならない。


「…誰ですか?」


下げた頭の上から聞こえた不審がる声に慌てて顔を上げる。


そうだ、勢いでこんなことしちゃったけどまだ名前言ってなかった…!


「1年3組柳澤詩乃やぎさわしのです!」


その瞬間、パチッと目が合った。その顔は1ミリも笑ってなかった、すっごい嫌そうな顔してた。

なんて愛想のない表情なんだ。


「嫌です」


たぶん悩む間もなく秒で、めっちゃ食い気味に。まだ私が名前を言い終える前に、チッと舌打ちと共に返って来た。


「えぇぇっ、待ってよ!まだ話終わってない!」


サッと前を向いてスタスタと歩き出した背中を追いかけるために立ち上がる。

背が高くて足も長いから歩くのも早い。駆け足で追いかけて、背中のシャツを引っ張った。


「お願いっ、チョコレート作ってもらえない!?」


眉間にしわを寄せてうっとおしそうに振り返る、めっちゃ睨まれてる。めっちゃ眉吊り上がってる。

でも私も負けるわけにはいかなくて。


「魔法のチョコレート、どうしても欲しいの…!」


だけどシャツを掴む手をブンッと思い切り振り払われた。


「…っ」


「そんなチョコレート知りませんけど」


冷静な落ち着いた声がより冷血に思えた。しーんとした廊下に声が跳ね返って来る。


「どうぞ、お引き取りください」


ぶ、無愛想にもほどがある…!


迫力ある目力でドンッと釘を刺され、振り払われた手も所在が迷子のままその場に取り残された。

どんどん姿が小さくなっていく。いや、歩くの早すぎでしょ。


「……。」


“そんなチョコレート知りませんけど”


「どんなチョコレートか聞かないってことは、それがどんなものか知ってるってことじゃん」


私は知ってるんだから、そんなチョコレートがあるってこと。



小鳩結都しか作れない魔法のチョコレートがあるって…


それは今一番欲しいものだよ。



「…諦めないもん」


絶対、何としてでも、作ってもらうんだ。



恋が叶う魔法のチョコレートを…!



****


「それ本当なの?」


咲希さきがハの字眉で見てくる、前の席に座る咲希は振り返るように私を見て首を傾げてる。ちなみに福岡咲希ふくおかさき、同じクラスで1番仲がいい友達ね。


「本当だよ、そう聞いたもん!」


「えー、なんか嘘くさくない?魔法のチョコレートなんて名前からして怪しいよ」


全く信じてなさそうにくすくすと笑ってる。バカにされてるわけじゃないけど、ちっとも興味がないのもよくわかる。だって…


「中学からずっと付き合ってる彼氏のいる咲希には無縁の話だからだよ」


いいよね、彼氏持ちは。こんな話で必死になることもないんだからね。


「そうかなぁ、詩乃が言ってるだけじゃなくて?本当にみんな欲しいと思ってるの?」


「思ってるよ!ほら、耳澄ませてみて!」


人差し指を唇にあてて、しーっという仕草を見せた。教室の声に傾けるようにと促して、そうすれば聞こえるはずだから恋する女の子たちのひそひそ話が。


「……。」


「………。」


「…。」


「…ね?」


「小鳩無愛想過ぎて無理ってひそひそされてたよ」


「そーなのっ!!!」


ドンッと思わず机を叩いちゃった。廊下での出来事を思い出したら余計に力が入ってしまった。


「小鳩結都攻略難しすぎる…!!!」


1年2組小鳩結都、同じ1年なのに話しかける時はいつも敬語でそれがやたら威圧感を醸し出してる。

スラっと高い背も威圧感だし、人に関心がなさそうな声も威圧感だし、いつでも人を見下してるような目つきも威圧感で…とにかく話が通じない。


そして何より…


「超無愛想なんだけどっ!」


「でもみんな顔はいいってひそひそしてるよ」


「それもまたなんか腹立つよね!?」


あ、やばい愚痴が止まりなくなりそう。

どんどん力が入っちゃって、グーにした右手をぎゅっとさらに握る。


「…でも、小鳩結都にしか作れないチョコレートなんだよ」


目を伏せて、握った右手を見つめて。


きっと他の人では作れない、小鳩結都にしかー…


「私も小鳩くんとは話したことないけど、そんなすごいチョコレートなの?小鳩くんが作るチョコレートって」


「うん…、私も噂でしか聞いたことないけど」


「噂かーい」


「ツッコミありがとう、咲希…」


握ったままだった右手で頬杖をついて、はぁっと息を吐く。


噂、なんだ。

私が聞いたのも、なんとなく耳に入って来ただけの。


“小鳩結都が作ったチョコレートを相手に渡して告白すると絶対うまくいく”って…

そんなの聞いたら欲しいじゃん。



恋が叶う魔法みたいなチョコレートがあるって聞いたら…


恋する女の子たちは喉から手が出るほど欲しいよ。



「どうにか作ってもらえないかなぁ…」


「それで夏休み明け早々土下座するのも詩乃くらいだよ」


「何にも響かなかったけどね」


夏休み明けの9月はまだ暑くて、全然チョコレートって気分じゃないけど今の私には何より欲しくてたまらないんだ。



小鳩結都が作る、チョコレートが。



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不愛想王子にしか作れない魔法のチョコレートは恋が叶うらしいよ? めぇ @Me_e

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