事件簿1 鉄面宮の慕情 慕情2-⑵


「困ったことになりました藤岡屋さん。何とか知恵を貸してもらえませんか? 堂賀さんまでサロンに来なくなったら、『異国庵』は解散です」


 主にそう泣きついたのは流介がとある事件で関わった挿絵画家、和久間わくまだった。


「――和久間さん」


「おや、飛田さん」


 和久間は流介に気づくとひと声叫んで目を丸くした。


「なんだか切羽詰まっているように見えましたが、なにかあったのですか」


「それが……『異国庵いこくあん』という芸術家が集まるサロンの仲間が最近、立て続けにいなくなってしまいまして」


「異国庵?」


「ここから西の方に古い倉がありまして、若い芸術家のたまり場になっているのです。ところがこの一週間で、仲間だった画家とサロンの主である詩人の方――真浦まうらさんというのですが――が、行方知れずになってしまったのです」


「一週間で二人……それは大変ですね。行き先に心当たりはないのですか」


「実はないこともないのですが……わかっているの建物のは名称だけで、どこにあるのかまったくわからないのです」


「場所がわからない? ……お店か何かですか?」


「いえ、劇場……まあ芝居小屋のような物でしょうが、『十希待座』という場所です」


「十希待座……」


 流介は絶句した。十希待座といえば謎の怪人が「踊り子を探している」と言って仕立て屋の娘を連れ去った場所ではないか。


「どうしたんです、飛田さん」


 流介の様子を訝しく思ったのか、和久間が心配そうな顔で問いを放った。


「実は……」


 流介は二つの行方不明事件が思わぬところで交わったことに驚きつつ、荒海洋品店で聞き込んだ奇怪な話を披露した。


                ※


「笛を吹く怪人に、踊り子ですか。まさかそんな事件があったとは……」


 流介から那々の話を聞き終えた和久間は、「確かに『異国庵』で起こったことと関係があるかもしれませんね」と神妙な顔で付け加えた。


「……というと?」


「実はですね、仲間の一人に飛牛とびうしという音楽家がいまして、ある時、芸術に興味があるという女性を集まりに連れて来たのです」


「男性ばかりの会に女性を連れてきて、問題はなかったのですか?」


「最初はあまり歓迎する空気ではありませんでした。ところが、女性が談話に混ざるや否やあっという間に会員のほとんどが彼女に魅入られてしまったのです」


「へえ……そんな女性がいるんですね」


「その女性が営んでいる劇場が『十希待座』なのです」


「えっ、女性が経営しているのですか」


「はい。その方は鍋下久芽なべしたくめさんと言って豪商のお嬢さんらしいのですが、火事でご両親が亡くなった後、莫大な遺産を相続したのだそうです」


「ははあ、婿を取って商いを継ぐのではなく、遺産を道楽に遣ってしまったという訳か」


「そのようです。久芽さんは真浦さんが書いた『黒坊主くろぼうずとばり』という詩にいたく興味を示し、「これは舞踊にすべきだ」と強く主張しました。今思えば彼女は、自身が営む劇場を手伝う人間を見繕いに来たのかもしれません」


「ではその女性に会えれば、劇場がどこにあるかわかるという訳ですね」


「そうなのですが、彼女を連れてきた飛牛さんも行方がわからなくなっており、どこに住んでいるかを含めて何ひとつわからないのです」


「なんですって……」


 流介はがくりと肩を落とした。あと少しで何かが繋がりそうだっただけに、全身から力が抜けてゆくようだった。


「そういうわけで飛田さん、一度『異国庵』に来ていただけませんか。我々の見落としている手がかりに、飛田さんなら気づくことができるかもしれない」


「そいつは買い被りすぎですよ和久間さん。僕は新聞記者であって探偵じゃないのですから。……まてよ、探偵?」


 他の人が気づかない手がかりに誰よりも早く気づける、そんな人物が……いるではないか。


「うかがいましょう、和久間さん。ただし、僕よりはるかに鋭い――名探偵と言っても差し支えない人物を伴わねばなりませんが」


「……というと、まさか」


 和久間の目が大きく見開かれた。流介が言わんとすることを察したのだろう。かつて和久間を恐るべき企みから救い出した人物のことに。


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