第7話 包囲殲滅陣

ーーー征服歴1283年ボーロード王国東部旧ヤイヘッドナー王国領ーーー【572】


 降り注ぐ矢の豪雨を掻い潜り、俺の軍団の先鋒が連合王国軍の前衛に喰らいつく。


「進め進めぇ!! これだけ近づけば矢は来ないぞ!!!」

「殺せぇ!! 侵略者共を殺せぇ!!」


 肉盾代わりに集めた難民達の軍は、後ろの督戦隊に煽られながら敵の防陣を食い破る。


「陛下、敵の前衛は…」

「分かってる、ヤイヘッドナー王国のだな…チッ」


 イワギマ侯爵の言葉に俺は苛立ちを紛らわせるように舌打ちし、展開に歯ぎしりする。

 今迄の周回では、奴らは連合王国のとして後ろに控えていただけだった。なのに今回に限って、最前線で難民軍と潰し合っている。


「どうされます陛下…?」

「問題ない、このまま纏めて押し潰せ」


 俺は一度深呼吸し、この程度の変化は想定の範囲内だと考え直す。高々3000程度、連合王国軍と纏めて叩き潰せば良い。幸い、敵左翼の騎兵は此方の傭兵騎兵で抑え込めている。そして此方が崩れなければ、大陸有数の衝撃力を有するトランバレム公爵軍の重装甲騎士団は動かない。


 そして前衛の難民軍が壊滅した後は、俺直属の精鋭歩兵部隊が前線をこじ開ける。そしてその勢いと、総崩れになった旧王国の義勇軍の流れに巻き込まれて、連合王国軍の歩兵達も後退する。


「ヨシ、行けるぞ!!」

「敵が怯んだ!! 全軍突撃!!!」


 俺がガッツポーズをとる横で、ヴァルテンブルガーが連合王国軍に留めを刺すために予備隊の投入を告げる。

 傷付いた味方を踏み越えながら、歩兵達が後退する連合王国軍を追いかける。士気が上がり、先程まで敵より督戦隊味方を恐れていた難民軍ですら敵へと殺到する!!


 連合王国軍は何も出来ていない!

 厄介な騎兵も士気が上がった此方の傭兵騎兵に押され身動きは取れていない!!


「右翼に伝令、トランバレム公爵軍の重装甲騎士団を警戒させろ。横から突っ込んで来ると厄介だ!!」

「ハッ!!」

「勝てる…勝てるぞ…っ!!」


 興奮する俺の横で、ヴァルテンブルガーもまた高揚を抑えきれていない。


 ああようやくだ…ようやく、600に迫る周回がようやく終わる───


「……うん?」

「どうした、ヴァルテンブルガー?」

「いえ、先程まで快速で進んでいた前衛が…」


 確かに、どうやら先頭の部隊が敵の頑強な抵抗に遭遇して止まったようだ。だが前線に投射している部隊は此方の方が多いし、多くの敵軍は


「あの程度さっさと踏み潰せ!!」


 、俺は目先の勝利に、いやに目が眩んでいた。相手は俺が生まれる前から戦い続けてきた、俺が揃えた程度の軍勢が誤差になる大軍すら自在に指揮してきた名将なのだと、俺は失念していたのだ。


「っ……陛下、突破出来ません!」

「なんだと…!?」

「っ、此方の攻撃にビクともしません!!」

「フッザッけるなあ!!」


 ダムでせき止められた川のように軍の侵攻が完全に止められる。


「早く左右から回り込め!! 抵抗している敵は一部だけだ!!」

「だ、駄目です陛下!! 左右に散った敵兵が集結し、此方の軍が広がるのを抑え込んでいます!!」

「なん…だ…と……」


 気がつけば、俺の軍を半包囲するように連合王国軍が“⊃”型に陣形を変化させていた。そして勝ちに向かって突き進んでいたはずの俺の軍勢は、必然として生み出された絶殺の檻に囚われていた。


「くそ! 前にすすめぐぁ!?」

「くそ、弩弓隊撃ち返せ!!」

「た、隊列が乱れ何処にいるのかわかりません!!」


 そして密集しすぎて身動きの取れない俺の軍勢が、長弓の曲射でゆっくりと削られてゆく。


「騎兵を動かせ!! 外から包囲を解かせろ!!」

「な、敵騎兵の本格攻勢!! よ、傭兵騎兵隊…壊滅!!」

「なんだと!?」


 つい先程まで拮抗していた右翼の騎兵達が赤子の様に軽く捻られ、連合王国の誇る快速の驃騎兵達が俺達の後ろへ回り込む。


「っ、陛下脱出を!!」

「クソ…なんで、こんな…」


 最後の予備隊が時間を稼ぐ中、俺と側近達だけが辛うじて包囲を脱出する。包囲は閉じられ、俺が揃えた3万の軍勢は全滅した。


「次だ…次……次、こそ」



 そして俺は何度も繰り返した通り、民衆によって処刑された。

 今回俺を処刑したのは、俺が見捨てた俺の軍勢の兵士達だった。


「生きて…いたのか」

「はい、慈悲深き二代目“カナンの騎士”様のお陰で」


 そう言って、元兵士は錆の浮いた斧で俺を処刑した。




side ケヴィン・トランバレム


 会戦から丸一日、戦争芸術の極致とされる平地戦での野戦軍の包囲殲滅を成した我らが上司にして師の表情は、仮面に隠れて私達には分からない。

 だが、唯一見える金色の瞳には久々の軍団指揮による疲労も、普通なら歴史に残る完勝を成し遂げた満足感も無い。ただ常と同じ穏やかで愉しげな、即ち無感動な光しか浮かんでいない。


「ご不満ですか、グランツ元帥?」

「あれえ、ボクそんな顔してた?」

「いえ、ですがいつもと顔色が変わっていないませんので、私達の仕事または敵手に不満があったのかと」

「あはははは、だーいじょうぶだよ、君達の仕事は完璧だったから。があったらケヴィンにやってもらおうかなあ」

「勘弁して下さい…」

「アレックスも付けるよ?」

「それならいけるか…?」

「まてやこら!?」


 グランツ元帥の言葉に頷きかけた私の頭をアレックスがはたく。彼の片腕には再び分厚い書類の束が抱えられていた。


「元帥、捕虜にした連中の簡易リストと回収した物資の総計です」

「おお有難う! いやあ仕事が速いねえ」

「これ終わったら寝させて下さい」

「今昼だぞ、アレックス…」

「二万人分の情報と三万人分の物資…人手…人手が……」

「アレックスーー!?」


 徹夜明けの友が倒れて休息用の天幕に運び込まれる一幕があったが、グランツ元帥はその様を苦笑しながらも資料を読み解く。

 そしてパラパラと書類をめくりながら、グランツ元帥は私の疑念に答えてくれる。


「うんうん…ねえケヴィン、さっきの質問だけどねえ」

「は、はい」

「君の見立ては合ってるよ」

「……には不満がお有りで?」

「そうだねえ…ちょっと贅沢な望みを抱いていただけさ。もしかしたら…彼ならばボクに……っと」


 その瞬間だけ、グランツ元帥の瞳に焦がれるような光が灯り、そして直ぐに消えた。


「さ、この話はここまでここまで」

「中途半端に聞かされるのも困るのですが」

「ごめんて…だってケヴィンも、ボクがなんて話、聞きたく無いでしょ?」

「なんですかその?」

「そっかあ、そうだねえ」


 と言うかのようなあり得ない例え話に私は首を傾げ、そんな私にグランツ元帥は困ったような苦笑を返した(仮面で顔は見えないが)。






 征服歴1283年、ユーシア大陸中央から北西に外れで急速に勢力を拡大した新興国ボーロード二重王国は滅んだ。

 西側の隣国と婚姻同盟を結びつつ、飢饉においてレーショの地下茎(後世ヴィーテ=ガスク連合王国の農学者がバレーショと命名。ボーロード王国ではジャガイモと呼ばれていた)の作付を行い、餓死者を出さず征服歴1278年の大飢饉を乗り切ることに成功した。その後、混乱する東側の2カ国を電撃的に侵攻、僅か半年で併合した。それを主導した第五王子ツークは王を名乗り、ボーロード王国を含む5カ国そのを統合しボーロード二重王国を建国した。その脅威を除かんとしたガルアーク聖王国の侵攻を撃退、さらに同時期に侵攻した連合王国の進軍を焦土作戦で遅らせ、最大戦力での迎撃に成功した。だが、で連合王国軍を迎撃した二重王国軍は、連合王国指揮官リシャール・グランツの芸術的な運兵によりその過半を包囲された。包囲が閉じる前に主要な指揮官のみが早々に脱出、士気が最低まで落ちた二重王国軍はまともな抵抗も出来ないまま3万のうち2万が捕虜となった。捕虜達は即座に解放され、連合王国軍に参加していた旧ヤイヘッドナー王国の義勇軍と合流しボーロード王国王都を短期間に陥落させ、王とその子ども達を尽く処刑した。


 その後、旧ボーロード王国の領地を巡る戦争で近隣諸国は相争い、国力を急速に失い歴史の表舞台に立つことは無くなった。




★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


ーーー1275 ーーー【573


「次だ…次こそは……奴の戦術を真似れば……いや、もっと…もっと次の……」


 俺はの作戦を考えながら、美しい花畑を後にした。



 


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