第6話 白銀の梟
ーーー征服歴1283年 ボーロード王国東部旧ヤイヘッドナー王国領ーーー
──開戦の少し前 連合王国軍本陣───
side ケヴィン・トランバレム
私、ケヴィン・トランバレムの目の前で、私より年嵩で年齢も実績も上の騎士2人が睨み合っている。
「撤退すべきだ! 相手は巧みに此方をこの地に誘導した、つまり我々に勝つ策があるのだ。そんな物にわざわざ乗ってやる必要が何処にある!?」
「いいや攻めるべきだ! 連中とてこれは乾坤一擲の大博打、ならばそれを正面から打ち砕き敵の思惑を挫くべきだろう!」
撤退を主張するのは歩兵部隊の指揮官であるジャック・ケルビム百騎長。三十代半ばだが普段は穏やかで泰然とした、この遠征軍の纏め役なのだが、その顔には常にない焦燥が浮かんでいる。
それに対して野戦による敵主力の撃滅を主張するのは私の叔父であり、学園を卒業したばかり(18歳)で若年の私に代わり我が父である当代のトランバレム公爵から虎の子の重装甲騎士団を任されたミリアン・トランバレム百騎長。日に焼けた浅黒い顔を紅潮させ、同世代で親友でもあるケルビム百騎長を説得にかかる。
2人の激論はかれこれ一時間近く続いているが、一向に結論は出ず本陣の他の上級騎士達も困惑し続けている。
「あらら、まだ結論出てなかったのか」
「何を呑気な事を言ってるんだ…アレックス」
「いや俺にとっては引こうが進もうが仕事量は変わんないし」
「あのなあ…」
書類を抱えてこっそりと天幕に帰ってきた同僚の騎士アレックス・ボウモアの心底面倒くさそうな声音に、流石に叱りつける気力が湧かず私は項垂れる。家の爵位こそ差があるが、同世代で腐れ縁のこの友が、ある意味この天幕内の誰より過酷な労働に携わっていることを理解しているからだ。
「その資料の山…計算は終わったのか」
「ま、それが俺の仕事だからなー…現状の物資から、撤退または進軍する場合の継戦可能期間は割り出した。この先
「そっちはそっちで地獄だって昔愚痴っていただろ」
「あっちは俺より数字に強い奴が沢山いるからまだマシなんだよ…」
そう言ってアレックスは肩を落とし、自分の作った資料の山を私と彼の上司であり、楽しそうに2人の百騎長の討論を眺めていたこの遠征軍の総司令官にに渡した。
「どうぞグランツ元帥、頼まれた資料です」
「御苦労さま、アレックス。いやあ君を連れてきてよかったよ」
「そう思うんでしたらそろそろ解放してくれませんかね?」
「いやいや、君にはボクが居なくなった後も頑張ってもらわないといけないからねえ、ケヴィンと一緒に!」
「木っ端貴族の跡取り相手に冗談キツいですって…」
小さな子爵領の跡取りであるアレックスが、禍々しい龍の仮面で見えないがニコニコ笑っているであろう私達の上司、二代目“カナンの騎士”リシャール・グランツ元帥の言葉に困ったように頭を振る。
そもそも、文官志望というか既に文官として財務省に任官したアレックスを、この戦争の為に拉致同然に攫って来て分析官等という役職まで作って連れてきたのはグランツ元帥なのだが…まあそこが目の前のお方が英雄たる所以……なのだろうか?
「おやあ、ケヴィンから失礼な視線を感じるねえ?」
「気の所為でしょう」
こんな風に相手の心を読んだかのような反応をしてくるので、私はこの上司が苦手だ。
そうして私が仏頂面を保っている間に、グランツ元帥は友の作成した資料を流し読みだとしても早すぎる速度で読破する。だがきちんと頭に入っている事は、友に細かい数字を確認していることから確かだ。
「ふむふむふーーむ………興味深いねえ」
「俺そんな愉快な文章を書いた覚えありませんよ?」
「ああ違う違う、良く出来た資料で凄く頼もしいけどこっちじゃないよ」
グランツ元帥は友にそう応えると、白熱した議論を続ける2人の注意を引く為に“パァァァン!!”と手を打ち鳴らす。
「っ〜〜、元帥いきなりはやめてください…」
「修行が足りんぞアレックス」
「お前ほど身体鍛えてねえんだよ俺は!」
その音は至近距離で雷が落ちたかの如き轟音で、天幕内の騎士達は全員居住まいを正し、目の前でその爆音を食らったアレックスが涙目で私の後ろまで避難してきた。
「さてジャックにミリアン、君達の言い分は良く分かった。撤退にも交戦にも理と非がある。その上でボクの見解を聞いてくれるかい?」
「「ハッ」」
二人共、年齢と階級こそグランツ元帥より低いが、実家の爵位は伯爵であるグランツ元帥より遥かに上だ(どちらも公爵家)。それでも彼らが背筋を伸ばし、新兵のように元帥の言葉に耳を傾けるのは、偏に元帥の圧倒的な実力と実績に拠るものだ。
どれほど穏やかで、威圧的でない雰囲気だったとしても、彼の言葉にはそれだけの重みがある。
「まず一つ、今回の戦争においてボクはボーロード二重王国の王、ツーク陛下に情報戦で敗北した。完敗だ。いっそ清々しいよ」
「なっ!?」
「馬鹿な!?」
2人の百騎将は目を剥き、他の騎士達もまた一部の例外を除いてどよめく。
「あの腹黒元帥が謀略戦で負けた!?」
「明日から毎日槍の雨が降るな」
「どうする? さっさと元帥の首を相手に渡して慈悲を乞うか?」
「無駄だろ、ここまでやるってことは一族郎党滅ぼしても余りあるくらい恨まれてる」
「あー、あり得るな」
「気付くやつは気付くからな〜、元帥のえげつない策略」
「俺ら巻き込まれた被害者だって言ったら同情して貰えないかな?」
「無理無理、元帥なら俺達を共犯者扱いで情報流してるって!」
「そらそうか!」
「「「「「アッハッハッハッハ」」」」」
そして一斉に声を上げた
「よーし君達、王都に帰ったら特別訓練追加ね♡」
「「「「「お赦し下さい!!!」」」」」
全員一斉に土下座する。巻き込まれて私とアレックスまで。
「さーて遊びはここ迄だ。まずボクは謀略で負けたけどまだ連合王国が負けた訳じゃない。負け惜しみじゃないよ?」
「「「「あ、はい」」」」
「さて、アレックスが纏めてくれた情報から、撤退は可能だ。だが余裕を持たせようと迂回して略奪したら帰り道を塞がれるね。機動力のあるボクとバランタイン公爵の騎兵なら兎も角、歩兵は酷いことになりそうだ」
グランツ元帥はそう言って折り畳み式のテーブルに資料を広げる。
「では早急に撤退ですか」
「そうしたいけど、そもそもボク達がわざわざこんな僻地まで軍を進めたのは二重王国なんていう脅威を未然に摘む為だ。流石に何もしないで帰りましたは言い訳ができないねえ」
「ではやはり決戦ですな!!」
「そうなるけど、ここまで準備を万端に整えた相手だ。ミリアン、どうやって勝つ?」
「長弓で削り陣形が乱れた所を我が騎兵隊が叩き潰せば問題ないでしょう。敵が引けば元帥閣下やバランタイン公の騎兵が追い打てばいいかと」
「うんうん、手堅い戦術だ。65点を上げよう」
「厳しいですな…」
自信満々に戦術を開陳した叔父上がガクリと項垂れる。
「アハハ、まあそれで勝てるだろうけど被害は大きいし、結局あちらの王都まで進軍できなくなる。それに数が数だ。半分も取り逃せば結局ボク達は結局、撤退しないといけなくなるねえ」
「成る程。勝った上で相手に集積した物資を処分する隙も与えてはならない訳ですか」
「そういう事さ。序に言うと王都に籠る兵も削り切らないといけない。一応本国から輜重部隊が追いついてくる手筈だけど、この距離だと物資が足りなくなりそうだからねえ」
戦術的に会戦に勝てたとしても、そもそも現状では戦略で負けている。それをグランツ元帥は私達に丁寧な言い回しで解説した。
「さて…本来ならボクは名目上の指揮官で君達に実働を任せるつもりだったんだけど、やめておこう」
「不甲斐ない手腕で誠に申し訳ありません」
「いやいや、ジャック達は十分に上手くやっているよ。相手が一枚上手だっただけさ。まあボクの可愛い弟子達の名誉の為にも、ここはボク達を追い詰めてくれた敵に敬意を評して、ボクがお相手しよう」
「では…」
「うんうん、これより会戦の全指揮はボクが執る。思い知らせてあげようじゃあないか、ボクが何故
「「「ハッ!!」」」
常と変わらない穏やかな声音で、しかし凍てつく凍土の如く重苦しく怜悧なグランツ元帥の言葉に、天幕に集った騎士達は見事な敬礼を返した。
慌ただしく決戦の準備に駆け出した騎士達の後ろで、私もまた仕事をこなしながらこっそりとため息をついた。
「哀れな……」
「ん? 何か言ったかケヴィン?」
「ああ、元帥に目を付けられた敵の事を思うと敵ながら可哀想だなと」
「それは確かに」
そう言って、私とアレックスは互いに苦笑した。
きっと敵は、我らが師を邪智悪辣の徒と考えているのだろう。蜘蛛の巣の如き謀略の網を張り巡らし戦わずして勝つ叡略の怪物だと。
だがそれは本質のほんの一面でしか無い。
あのお方は、我が祖国の誇る大英雄は、本来はその知略を戦場でこそ十全に発揮する当代最高の戦術家なのだから。
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