第2話 金髪の魔法使い
目が合ったおかげで金縛りが解け、ハッとして駆け寄る。
「大丈夫ですか? 今、止血します」
一般人向けの救護訓練に参加した経験があった。今がその経験を活かすときだと気合を入れる。
声掛けには反応する、意識ははっきりしていて愛久の存在を認識している。
ナイフは抜いてはならない。動かないようにしっかり固定する……目の前で刺されて倒れている人間を見るのも初めてで、焦る自分を落ち着かせる為に、教わった知識を頭の中で反芻する。
緊張して強ばる手が震える。
これで間に合わせようと着ているジップパーカーを脱ぐが、先に横に寝かせてからの方が安定し、しっかりと固定できるかもと考えた。どんなに落ち着くように自分に言い聞かせても、早くしなければと焦りが先行し無駄な動きをしてしまい思うようにいかず、もどかしい。
救護作業をする愛久を、他人事のように見守る彼の深緑の目が、唐突に大きく見開かれた。
「ぁた……」
「あまり喋らない方がいいです。あと、歌もやめた方が」
「しゃが……」
鼻の奥で響かせるハミングと舌を使う言葉との違いだろうか、メロディはよく聞こえたのに言葉となると声が掠れてよくわからない。
言葉を聞こうと彼の唇に耳を近づける近づける。
血に濡れた手が伸びてきて、愛久の髪に触れた。
頭から離れると、彼の赤い指先に親指の爪ほどの花弁が摘まれている。薄紫と藍色のグラデーションになった、これまたメルヘンチックな夢色をイメージさせる幻想的な色合いだ。
頭についたゴミなんて、気にしている場合じゃないのに。
「ぐっ……」
端正な顔を歪め、苦しげに呻いた。
彼が深々と刺さるナイフ腹のを片手で抜こうとする。
「何をしてるんですか!?」
ぎょっとして悲鳴じみた非難の声を上げた。
ここで押し止めれば余計に深く刺してしまうし、争ってぶれる刃で傷口を広げてしまうかもしれない。止めようとした両手が行き場がなく宙に浮く。
「抜くと血が大量に溢れ出て死んでしまいますよ」
声で注意するのが精一杯。
注意してもやめようとしなかった。見ている方にも痛みが伝わってくるほど、震えながら脂汗をかく。
血塗れの刃が顕になってくるにつれ、ドプリと血が溢れる。
「止めてください、本当に死んでしまう……!」
愛久の叫びも虚しく、とうとう力を振り絞って抜いてしまった。
堰をきって迸る血液。白いローブが一気に染まる。散らばる長い金髪まで伝った。
急いでジップパーカーを傷口に強く押し当てた。血が止まらない。ドロリとした生温かい感触が指の間から溢れる。濃い血錆のにおいが鼻についた。
ここが病院裏なのかわからない。森から出られるかどうか怪しい。助けを呼ぶこともできない。
――目の前で人が死んだら、一生後悔する……!
人体から流れ出る生命の熱を押し留めるのに、ただただ必死だった。
彼は、さっき愛久の頭からとった夢色の花弁を形の良い唇に当てる。それから、短い歌のような、何を言っているのか意味が理解できない発音の言葉を口にする。
途端、ジップパーカーで押さえた下から青い光がぼんやり僅かに漏れた。
――呪文……?
唇に当てている花弁がみるみる色を失い、萎れ、枯れる。変わりに止めどなく流れていた血が止まった。
恐る恐るジップパーカーを退ける。血に染まったローブを貫通し、ナイフが刺さっていた箇所から覗くのは傷のない白い肌。
回復魔法だ、と咄嗟に思った。
あ然としつつも血が止まってホッとしたと同時、どっと疲れた。
それから、徐々に愛久の頭に混乱が広がる。
あれは魔法だ。魔法以外に急激に傷が癒える現象を説明できない。ファンタジーな現象が起こった。
現実なのか、夢を見ているのか。
病院のベッドの上で暇をしている大生に、漫画やら小説やらをよく届けていたし、その流れで読む機会もあったから、こういった現象を知っている。
ライトノベルでよくある、異世界トリップ。
しかしあれは創作物であり得ないと否定して、でも自分は知らない言葉を喋っているし……と思考が忙しなくグルグル回る。頭の中は大混乱。
彼の手がパタリと地面に落ちて、はたと我に返った。
血の気のない青白い顔に、愛久は寒気がした。血が止まっただけで助かったとは限らない。
死んでないよな、と彼の手に触れる。ひんやりと冷たくて、愛久の方が心臓が止まりそうだった。
手首から脈拍を確認できたし、彼の顔に再び顔を寄せると、薄く息をしている。念入りに生存確認してやっと胸を撫で下ろす。
それでも、目を覚ますまで不安感が拭えない。いつ呼吸が止まるともわからない。どこにも辿り着けない愛久が、彼を背負って闇雲に歩いても森を彷徨うだけだ、はらはらしながら待つしかなかった。
何があってもすぐに対処できるよう、じっと観察する。
綺麗な顔だ。男ではあるのはわかる。整った柳眉は細すぎず、鼻筋がスッと通り、中性的。血の気のない現状を覗いても、肌は白く滑らかで傷一つない。閉じた目元にある、小さな泣きぼくろさえ魅力的。こんな奇跡的な造形美の人類が存在してもいいのだろうか。
シルク糸に似て艶々で美しい金髪も肌も血塗れなのが残念だ。
勝手に寝顔を観察しておきながら、なんだかドキドキしてくるくらいに美人。よく考えれば、知らない他人が寝顔を見てるって気持ち悪いなと我ながら思ってしまった。
これは安全を見守っているだけ、なにもやましくない。顔を逸らすも、気になってチラチラと見てしまう。
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