天然美少女に気に入られたら、ツンツン幼馴染のデレ化が始まった

未(ひつじ)ぺあ

第1話 天然美少女に気に入られる

「はぁ? こんなこともできないわけ? 圭介のせいで実験が全く進まないのだけど?」



まだ冬の寒さを感じる二月末、今は五時間目、理科の実験の最中。


俺、司馬圭介しばけいすけは、偶然同じ班に割り振られた同級生であり、同時に幼馴染でもある梶谷かじたにくらげにガンを飛ばされていた。



梶谷くらげ。


彼女と俺は幼稚園、小学校、中学校が同じで、腐れ縁でクラスが離れたことはほとんどない。

幼馴染といっても、俺らより親同士の仲がよく、親同士でよく旅行に行ったり、お茶会などをしているらしい。



「ねぇ聞いてるの?」



遠い目をしていると、くらげが頬杖をつき、鋭い目つきで俺を見据えてくる。


高校2年生には贅沢すぎるほど完璧な体型に、憎たらしいほどに愛らしい顔。


亜麻色の髪はツインお団子に結われており、くらげが顔を揺らすたびに後れ毛がふわふわと水中にいるかのように揺れる。


さらにもちもちな肌に、大きな瞳、すっと通った鼻筋、潤んだ桃色の唇。学年ツートップと言われているのも納得なパーフェクトガールである。



ここだけ切り取れば、彼女は最高の幼馴染である。彼女が俺の幼馴染であることが信じられないくらいだ。


そう、『幼馴染』という関係性を聞くと、どこか華々しい印象を受ける者もいるだろう。



それならば、俺たちはれっきとしただ。



今、くらげの綺麗な空色に透き通った瞳は、主人公に向けられるような愛嬌ではなく、煽るような瞳で俺のことを見下ろしていた。



「本当使えない。小さい時から全く学ばない馬鹿なのね、あんたなんかがどうして私と同じ高校に入れたわけ? 同じ幼稚園、小学校、中学校を出たことが恥ずかしくてたまらないわ」



「まーた始まったよ、梶谷さんの司馬へのツンツン攻撃」

「本当飽きないよなー」



この光景は、俺たちが同じクラスになった時から幾度か繰り返されており、クラスメートも慣れっこといった表情だ。


俺としても、これは幼稚園の頃から続いていることであり、慣れているといえば慣れている。

しかし、このカースト上位のくらげがどうして俺なんかに構うのか意味がわからない。

確かに俺が、なんの取り柄もないごく平凡高校生なのはわかっているし、彼女のステータスを汚しているのも納得しているが、ならば俺に関わってこなければいいのに……。



「やっぱりツンデレだよな、梶谷さんって」

「そうそう、そこが可愛いんだけど」



お前ら、なんもわかってないなぁ!!!


と、ツンデレ発言が耳に届くなり、心の声を大にしてクラスメートに突っ込む。


梶谷くらげ、彼女はツンデレでは断じてない。なぜなら、くらげのデレの瞬間を、出会って十三年、一度たりとも見たことがないからだ。



『キモい、どっかいってよ』

『こんなこともできないとか、小学生からやり直せば?』



彼女との数々の思い出が蘇るが、その大半は彼女からの罵倒シーン。


小さくため息をつく俺に、くらげは揶揄うようにして俺にずいっと顔を近づけた。



「てか、そのねぐせは何? 変なの、冴えない顔がますます冴えないわ」


「私は可愛いと思いますよ、そのねぐせ!」



途端、ひょいっと俺の隣に小柄な女子が並び、その拍子にふわりと甘い香水の香りが鼻をくすぐる。

鈴を転がしたかのような可愛い声に、俺は目を見張って横を見て、



「! 七瀬さん……」



そう、掠れた声で口に出した。



七瀬すい。


彼女は先月俺のクラスに転入してきて早々、くらげと並んで学年ツートップを謳われるようになったとんでもない美少女だ。


絹のようにさらさらな、腰まで伸びた黒髪。すっと通った鼻筋に、瞳は夜空のような紺色で、キラキラと星のような光が瞳の中で眩しい。


彼女は無邪気な性格をしながらも、一方ミステリアスな雰囲気を持ち合わせており、そんな彼女のオーラは男子生徒の心を鷲掴みにし、今ではくらげと競って人気なアイドル的存在だ。


そんな七瀬が、どうして俺の目の前に? 俺がただ固まっていると、七瀬がじっと俺のねぐせを見上げてくる。



「そのねぐせ、どうやったらつくんですか? 触ってみてもいいですか?」


「え、ちょっ」




俺が何か答える前に、七瀬は俺の頭をぽふぽふと撫でる。目を白黒とさせる俺に、そんな俺よりも驚愕で凝然としたくらげの顔が視界に入るが、そこまで脳が全然追いつかない。


七瀬は、黒髪をさらさらと肩から落としながらも、その滑らかな手を俺の頭に伸ばしたまま俺の顔を覗き込む。



「あはは、すごーい、ふわふわ! 司馬さんの髪の毛ってすごく綺麗ですね、羨ましいです」


「えっ、と……」


「あっ、ごめんなさい、転入してきてから初めてお話ししますよね。七瀬すいって言います」


「どっ、ど、どうも」


「気軽にすいって呼んでください、司馬さん」



この圧倒的陽キャ感。その眩しさに俺は思わず目を細める。


この状況に、クラス中のヘイトとが俺に向くのではないかと一瞬忌避するが、七瀬は誰にでも分け隔てなく話しかけるし、こういったこともよくするのかもしれない。


だからか七瀬のこの行動は大して目立たなかったらしく、クラスメートは時に気にした様子もなく実験を続けている。



初めて近距離で見る七瀬は、遠目から見る何十倍も可愛かった。


顔がまずもの凄く小さい。胸が思った以上に豊か、足もめちゃくちゃ細いし、何これ同じ人間? と疑いたくなるほどに完璧。

黒髪も艶々で、よほど丁寧にケアされていることが伺える。瞳はこの世に三つと存在しない高価な宝石のように儚い煌めきを灯している。


これまで何年もくらげの美貌と向き合い過ごしてきたが、彼女に匹敵する美女に出くわしたのはこれが初めてだ。俺は思わず長い間、七瀬の整った顔を凝視してしまう。



「ち、ちょっと何してるのよ? 大してかっこよくないくせに調子乗らないでくれる? 女の子をジロジロ見つめるとかみっともない、気持ち悪いわ」



くらげがギュッと俺の腕を掴むとようやく俺は我にかえる。くらげの方を見ると、彼女の冷たい瞳は変わりないが、声は僅かに震えており、俺の腕を掴む腕さえもいつもより強い力がこもっているように感じる。



「あのっ」



途端、それに被せるように、七瀬が頬を桃色に染めながらも俺を見上げた。

そして彼女は、衝撃的な言葉を口にするのだった。



「私は、司馬くんの顔……て、転入してからずっと、かっこいいと思ってましたよ?」


「「なっ……!?」」



甘い声、同時にふわりと漂う花のような香りが、俺をこれまでにないほど唖然とさせる。ばくんばくんと自分の心臓が大きく波打つのが聞こえる。



いやてかなんで俺? まじでなんで俺なの? もしや俺をからかってるのか?


テンパる俺に、七瀬はしどろもどろになりながらも言葉を続ける。その様子は決して演じているようには見えない。



「くらげさんはああ言ってるけど、私は、その、好きですから……っ」


「え、な、七瀬さん?」


「ずっと話してみたかったんですけど、こうしてようやく話せて、すっごく嬉しいです、そ、それじゃあ!」



そう言い切るなり、駆け足で七瀬は俺から離れて行った。その後ろ姿からでも耳まで真っ赤になっているのがわかり、開いた口が塞がらない。



「ちょっと……!」



同時に授業終了のチャイムが鳴り響き、あっという間に七瀬の後ろ姿は人混みで見えなくなる。しかし、驚愕はその日中消えることはなかった。

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天然美少女に気に入られたら、ツンツン幼馴染のデレ化が始まった 未(ひつじ)ぺあ @hituji08

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