誘導瞑想

 引き戸になっている扉をノックする音で、アルは本から顔をあげる。薄く切った木の皮のしおりを挟むと、本を閉じる。この時間に部屋をノックできるのは、おそらくピットだけだろう。ピットは昼間、何かを聞きたさそうにしていたからだ。やがて聞こえてくる推測通りの声に安堵して、返事をする。

「アル、起きている? 入ってもいい?」

「起きていますよ。どうぞ」

 ピットは静かに入ってくる。

 ベッドに腰かけたアルの枕元にしおりが飛び出している本を見つけると、謝罪の言葉を口にしてくる。

「ああ、そんなに気にしないでください。続きを明日に回そうと思っていたところなのです。だから」

 アルは立ち上がり、ソファに座るようにとすすめた。

「まずは、座ってください。話は、そのあとで」

「隣に、腰かけてくれる?」

 なんとなくギクシャクしている妙な空気。気まずい。


「どうされたのですか、ピット」

「ねぇ。ぼくは、何者なんだろう。記憶がない事って、やっぱり変だよね……。夢の中で、よく夢をみるんだけど、その夢の中で知らない女性が言うの、まだダメよって。真っ白いもやがかかって、明るい方向へ歩もうとしたら、そう言われるの。いつもそこで目が覚めて、その続きは見れないんだ。いつも」


 ひととおり聞いてからアルはそっとため息を吐き出す。


「そんなに過去が気になりますか?」

 そう聞くとピットは一瞬驚き、そして困った顔をした。ピットの不安げな様子にアルは続ける。


「聞きたいのはそんなことではないでしょう? 私に」

 少し沈黙後に、ピットは呟くように小さめの声でこたえる。


「リーディング。誘導ができる人なのかな、って」


「誘導めい想ですね。できますよ。ただ」

「危険なのは知っているよ」


 夜はやめておきましょう、とアルは言う。

「別の意識を呼び起こしてしまうから」


「ぼくの記憶、知りたい。ぼくが何者なのか、過去に何をしたのか、何もしていないのか、なんで記憶がないのか。知りたいことがありすぎて不安なんだ」

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