異世界詐欺師『休日』シリーズ
宮地拓海
第1話 ノーマの休日01
※はじめに
このSSは2022年2月24日(本編では三幕、ウィシャート騒動の真っ只中、湿地帯でカエルを見たとか大工が騒いでいた時期)に公開されたものです。
その後の本編の展開との齟齬があるかもしれませんがご容赦ください。
★☆★☆★☆★☆
「ノーマちゃん、いい加減休まなきゃ死んじゃうわよ!? 寝て! もう寝て!」
そんな会話を、ゴンスケとしていた。……気が、するさね。
たしか、綿菓子器の注文が増えて、それと同時にアッスントから鉄鍋と鋤の大量注文が入って、あとセロンから『ろくろ』の修理が重なって火事場がフル稼働していた時期にマーシャが『この前のイカリがすっごくよくて~、またノーマちゃんに作ってほし~の~☆』って指名注文を寄越してきたんさよねぇ……
で、注文品を全部納品して……それから、アタシはどうしたんだったかぃね?
やけに重いまぶたを持ち上げると、よく見知った天井が見えた。
ここは、アタシの寝室。
どうやら、なんとかかんとか家に帰り、布団に入って寝たらしいさね。
あぁ、そういえば、昨日意識が遠のく寸前に、「明日ノーマちゃんは強制休日だからね!」ってゴンスケが言っていたっけねぇ。
まったく、心配性のヒゲ筋肉さね。
まぁ、折角だからありがたく休ませてもらおぅかぃね。
二度寝なんて、ここ数年やったことがないし。
少し腹が減った気はするけど、寝ちまえばそれも気にならない。
どうせ、何か予定があるわけでなし、家に誰がいるわけでなし。
ゆっくりと惰眠をむさぼるのも、たまにはいいさね……
「ん……むぅ……」
足元にまとわりつく布団を蹴り退ける。
ふとももの付け根がだるく感じ、掛け布団に足を絡めて抱き枕にする。
……むふぅ、これ、楽なんさよねぇ。
寝間着の前がはだけちまうのが玉に瑕だけれど、どうせ誰が見ているわけでなし……
「ありがとうございますっ!」
突然ヤシロの声がして、思わず飛び起きた。
体を起こせばなぜかそこにヤシロがいて、盛大に乱れた寝間着の胸元を見て、もう一度凄まじい勢いで頭を下げた。
「重ね重ね、あざーっす!」
「ふなっ、ちょっ!? み、見るんじゃないさね!」
慌てて、大きく開いた寝間着の前を合わせる。
なんでヤシロがここに!?
というか、み、見られたかぃね!?
「ヤ、ヤシロ……み、見た、かぃね?」
「うん! ……え、なんのこと?」
「とぼける直前に本音が剛速球で口から飛び出してたさよ!?」
あぁぁ、ああぁぁああ、やっちまったさね……
ぐぅ……しかし、ここで取り乱しては余計に恥ずかしいことになりかねないさね……ここは、大人の女性らしく余裕を見せつけて……
「……ふにゃぁあああ!」
なんか、変な声が出たさね!?
クールに「まったく、そんな嬉しそうに見てんじゃないさね」とか言ってやるつもりだったのに!
顔、熱っ!?
思わず布団に潜り込み、丸まって身を隠してしまったさね。
「あぁ、悪い。ノーマが相当無理したって聞いたから、朝飯でも作ってやろうかと思ってな」
ゴンスケさね?
ヤシロにアタシの世話を焼くように言いに行ったのは。
……ったく、余計なことを。
「もうすぐ出来るから、一緒に朝飯食おうな」
一緒に朝飯食おうな。
……一緒に朝飯食おうな。
一緒に、か、……ふむ。
もう一回だけ。
一緒に朝飯食おうな。
「くふー!」
脳内で何度もリフレインするその言葉が妙にくすぐったくて……
ゴンスケには、今度お肌がすべすべになる入浴剤のセットをプレゼントしてやるさね。
レジーナとミリィの共同製作の、花の香りのするいいヤツを。
とはいえ、ヤシロに全部を任せるのは悪い気がするさね。
それに、その……
ヤシロはアタシの料理を食べると、いつも決まって「美味い」って言ってくれるから……
「ア、アタシも手伝うさね!」
「いいよ。もうすぐ出来るから」
「けど一品くらいなら、スグに――」
「今再びのあざーっす!」
「ぅなぁああ!?」
勢いよく布団から飛び出すと、寝間着が盛大にめくれた。
飛び出した時の四倍の勢いで布団に潜り込んださね。
……寝間着、ネフェリーみたいなパジャマに代えよぅかぃね。
「まぁ、今日は休んでろよ。そこまで大したもんじゃないが、それなりに食えると思うからよ」
言ってから、ヤシロが炊事場へ向かった。
ヤシロの気配が遠ざかり、アタシは布団からゆっくりと這い出る。
寝間着の前を押さえ、そろりと起き上がる。
トントンと包丁がまな板にぶつかる音。
カンカンと鉄鍋がかまどにぶつかる音。
パチパチと脂が高温で跳ねる音。
自分ちの炊事場から、自分が立てたのではない音が聞こえてくる。
そこに、人がいる。
そんな雰囲気に、なんだかすごく心がほっこりする。
あぁ、こういうの……いいさね。
今度は、アタシがヤシロに朝食を……
――ヤシロ、もうすぐ朝ご飯が出来るさよ。早く起きるさね。
「ごふぅっ!」
想像したら咽た。
それは、あまりにも……あんまりにも…………っ!
「き、着替えるさね!」
ヤシロの前でいつまでも寝間着姿をさらすわけにはいかない。
さっさと着替えて、いつものアタシになるさね。
こんな姿、そうそう見せられるもんじゃないからね。
……特別な人にだけ、見せるもんさね。こういうのは。うん。
「なら、もう少し寝間着のままで…………いや、着替えるさね」
一瞬、思考が迷子になりかけたけれど、慌てて軌道を修正する。
きっと疲れてるんさね。
疲れてるから甘い妄想に取り付かれてしまうんさね。
シャキッとするんだよ、自分!
着替えて、髪を梳かし、唇に軽く紅を差して、炊事場へと出る。
「お。起きてきたか。ちょうど出来たところだぞ」
リビングのテーブルに、ほかほかと湯気を立ち昇らせる美味しそうな朝食が並んでいた。
ヤシロが教えて広まった、ふわふわの食パン。
改良版の小型トースターでこんがりと焼いて、たっぷりのバターを塗ってある。
近くにはリンゴのジャムが添えられている。
そして、平皿にベーコンと目玉焼き、ちぎったレタスとスライスしたキュウリ、プチトマトが載っている。
彩も綺麗で、半熟の卵がキラキラと朝陽を反射していた。
「……美味しそう、さね」
「簡単なもんだけどな」
その簡単なものを美味しそうに作れるヤシロの腕前は相当なものだと思う。
アタシも負けてられないさね。
「じゃ、食うか」
言いながら、さりげなく椅子を引いてくれる。
腰を下ろす際、絶妙なタイミングで椅子を押してくれるからいい位置にお尻が下ろせる。
こういうのをさりげなくやってのけるのがヤシロさねぇ。さすが、器量のいい男さね。
……と、そこでふと思う。
…………椅子?
……あれ? テーブル?
「コーヒーでいいか?」
「へ? あ、……そうさね」
妙な違和感に頭をひねっていると、大きめのマグカップにコーヒーが注がれて湯気を昇らせる。
コーヒー……か。
実は、そんなに得意じゃないんさよねぇ。
どっちかっていうと、アタシはコーヒーよりお茶の方が好きなんさよねぇ。
コーヒーの香りはいいんだけど、あの苦みが……
「あとでデザートもあるからな」
向かいの席に座り、ヤシロがそんなことを言う。
嬉しそうな顔で。
そんで、アタシの顔を見て一層笑みを深める。
まるで、デザートと聞いて思わず嬉しさが表情に滲み出してしまったアタシを見て「してやったり」と思ったように。
なんだか、アタシを喜ばせるためにサプライズをしてくれたようで、少しくすぐったい。
「そ、それじゃ、いただくさね」
「召し上がれ」
照れながら言えば、笑いながらそんな返事を寄越す。
話しかければ返事が来る。
話してなくても、目の前にいる。そこにいるって空気が伝わってくる。
こんなのが、毎朝続いたら、それはきっと幸せって言葉で表現しても間違いないはずで。
知らず、尻尾が一回りほどふわりと膨らんだ。
嬉しいと、つい……ね。
「美味いか?」
「あぁ。大したもんさね」
ヤシロの朝食はどれも美味しくて、華やかなインパクトはないものの、毎日食べても飽きの来ない安心感を与えてくれる味だった。
あっという間に平らげて、向かいでコーヒーを片手に一息つくヤシロを見つめる。
そこにあるのが当たり前のような風景。
そんな風になれば、どんなにいいか。
「ん? どした?」
「へ!? あ、いや……」
見つめ過ぎたようで、ヤシロに気付かれた。
マズいさね。なんとか誤魔化さないと……
「ヤ、ヤシロは、本当に美味しそうにコーヒーを飲むさね」
「まぁ、好物だからな。苦手なら残してもいいぞ」
「残さないさね」
ヤシロが入れてくれたコーヒー。
ちゃんと最後まで飲む。飲みたい。飲まなければ。
ヤシロの朝食は、コーヒー一滴たりとも残せないさね。
「…………ぅぐ」
とはいえ、コーヒーは苦いわけで。
実は、まだ二口ほどしか飲めていない。
「苦いなら、ミルクを入れればいいぞ」
「……買い置きはなかったはずさね」
ここ数日、まともに家にも帰れていなかった。
牛乳なんて傷みやすいものは買い置きしていない。
今、ウチに牛乳なんかないさね。
「じゃあ、今から搾……」
「すぱー!」
「食事中に煙管ふかすのはやめないか、ノーマ?」
またろくでもないことを言い出しかけたヤシロの前で煙管に火をつければ、慌てて自分の発言を取り消す。
……まったく。いつになったら学習するのやら。
…………出ないさよ、ミルクなんか。
「砂糖でも入れるかぃね?」
「砂糖は逆に苦みが引き立つことがあるからなぁ。お勧めしないぞ」
「けどねぇ……」
ヤシロが席を立ち、テーブルを回ってこちらに来る。
苦くて飲めないことはバレているようなんで、もう正直に白状しちまう。
そうすれば、ヤシロが何か解決策を示してくれるかもしれない。
「口の中に苦みが残って、次の一口に手が出ないんさよねぇ……」
お茶のように、がぶがぶと飲めない。
舌の付け根に、コーヒーの苦みが残っている気がして。
その苦みが、どんどん積み重なっていくようで。
「それじゃあよ」
ぽんっと、ヤシロの手が肩に置かれ、振り返るとその手が今度は頬に触れる。
「……へ?」
さらりと撫でるように頬を滑った指先は、アタシのアゴを摘まんで持ち上げる。
アタシを覗き込むヤシロと、それを見上げるアタシの視線がぶつかる。
「ミルクより甘いもので口直しをさせてやろうか?」
囁きが消えると同時に吐息がぶつかって、ヤシロの顔が近付いてくる。
抵抗する気も起きないままヤシロを見つめていると、あっという間に二人の距離は近付いて、ヤシロの唇が紅を指したアタシの唇に触れ――
「ほにゃぁあぁあああ!?」
――飛び起きた。
…………ゆ、夢、かぃね?
ドッドッドッドッドッドッドッ! と、心臓の音がやけに大きく聞こえる。
鼓動で胸が揺れてるんじゃないかと思うほど、激しい血の流れを感じる。
思わず見下ろした胸元は、まだ寝間着のままで、先ほどまでのすべてが夢だったんだと確信する。
「……あぁ」
しんっと静まり返る一人きりの寝室で、アタシは――
「なんちゅー夢を見ちまったんさね!?」
布団を抱きかかえてもんどりうった。
掛け布団を抱きしめゴロゴロと転げ回り、尺取り虫の動きで部屋中を徘徊し、最終的に天井へ向かって遠吠えをした。
「ぅにゃぁぁああああ!」
尻尾は、これまで見たこともないくらいに毛羽立っていた。
……疲れてたんさよ。
そうさね。アタシは疲れ過ぎてたんさよ!
だから、体が、脳が、糖分を欲していたんさね!
だから、あんな甘ったるい夢を……
「ほにゃぁぁああああ!」
全オールブルーム掛け布団抱きかかえ尺取り虫レースが開催されれば間違いなく優勝が出来るくらいの速度と勢いで部屋の中を何周も回遊し、体力が尽きたところで倒れ込んだ。
這う這うの体で寝室を抜け出すと、畳の上にちゃぶ台が置かれた見慣れた居間が見える。
……そうさよ。フローリングにテーブルと椅子だなんて。ウチの居間はそんな小洒落た内装じゃないんさよ。
そこで夢と気付けたはずさね……
「ふーっ……ふーっ……」
朝から妙に疲れ、自分で朝飯を作るのが嫌になった。
きっと何を作ろうが、夢の中の朝食には見劣りしてしまう。
「今日が休日なら、徹底的に休ませてもらうさね」
一人呟いて、アタシは寝間着を着替えることにした。
とりあえず、朝食は陽だまり亭でいただくことにしようと、胸に誓いながら。
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