雑談

 セオドアが訓練場に顔を出すようになって数週間。足腰がしっかり安定してきたこともあって、セオドアも騎士団の訓練に参加することにした。

 適度な運動は健康に良い。咳が出ることも最近ほとんどなかったので、ほどほどであれば大丈夫だろうとヒロが許可をおろした。一応、王家お抱えの医師にも診てもらったが、多少の運動は可能と太鼓判を押してもらっている。


「剣を振るのは久しぶりだ。ヒロの隣で振るのは少し緊張するな」

「私より先に習っていたのですから、そんな謙遜なさらずとも。それより、体に不調がありましたらすぐにおっしゃってください」

「そうですぞ。なるべく軽い運動からなされてくださいませ」

「アイザック団長、セオドア様には優しいんですね。私は初心者なのに厳しい……」

「む。これも優しさゆえ! 鍛錬をしっかりこなしてこそ、一人前の騎士になれるのだ」

「私は世話役なので騎士にならなくてもいいのですが」


 騎士団に顔を出せば、毎回顔を見せてくれるアイザック団長。セオドアがいるからと言えばそうであろうが、どうにも関心の的がこちらに向いている気がするヒロは落ち着かない。

 かっこよくはあるんだけどなあ、とヒロは残念な目でアイザックを見た。


「団長は独り身なんですか?」

「どうした急に」


 こんな会話をしている間も、騎士たちは訓練に励んでいて、このように雑談すぎる話題を出すのは良くなかったかとヒロは取り消そうとした。


「いえ、やはりなんでも……」

「独り身ですよ。堅物に見えて、モテはするんですがね」

「マックス。いらんことを言うな」


 副団長のマックスが会話に乗ってくれたので、ヒロはさらに突っ込んで聞いてみることにした。


「いい人はいらっしゃるんですか?」

「いないんですよこれが。早く結婚式でも上げてくれれば、騎士たちも私もおこぼれがもらえるのですが」

「マックス、勝手にべらべら喋るな」

「もったいないですね、騎士団長って絶対憧れの的でしょうに。騎士団が目立つようなパレードとかないんですか?」

「ありますよ。年に一度、騎士団のパレード。それはもうきゃーきゃー言われて、とても励みになるイベントです」

「ほほう、それはそれは。アイザック団長は、こういう人がいいなっていう願望はおありで?」

「言わん」

「意外と狙われてるかもしれませんよ、ヒロさん」

「え」


 私は男ですが、と、驚いての「え」だった。マックスは笑った。アイザックはむっすりした。


「アイザック団長はヒロのことを……?」

「あ、いたいけな純情の少年の心が弄ばれてる」


 混乱している様子のセオドアを見て、ヒロは笑った。


「セオドア様、冗談ですよ」

「冗談ですかね?」

「え?」


 マックスの言葉に今度はヒロが翻弄される。


「私、男ですよ?」

「今、王都では性別に関係のない恋愛が流行りだとか。もちろん、獣人であるかそうでないかも関係なしです」

「本当に……?」

「本当ですが、冗談ですよ」


 マックスは、くつくつと笑った。


「王都の様子はさておいて、ヒロさんに懸念するのかは俺にも分かりません」

「団長のお相手なんて恐れ多いので、ごめんなさい!」

「なぜ俺が振られたことになっているんだ」


 アイザックは遠い目をしていた。茶番に飽きたご様子である。


「さあ、訓練をやるぞ! セオドア様はどうか無理はなさらぬよう」


 そう言って、アイザックは他の団員の様子を見に行った。そっとマックスが近寄ってくる。


「あれ、照れてるんですよ」

「えっ、そうなんですか? かわいいですね」

「ははっ、団長に向かってかわいいとは。ヒロ、君おもしろいですね」


 ぽんぽん、とヒロの頭を叩いて、マックスはアイザックの後に続いて行った。何やら自分よりも背の高い男性にいじられがちな頭である気がする、とヒロは思った。構われるのは嫌いではない。嫌われるよりよほどありがたいことなので。

 そう思いながら騎士たちの訓練に混ざっていった二人を見送っていると、セオドアに声をかけられる。


「ヒロ、もしかしてどちらかが気になるのか……?」


 さっきの何を見てそう勘違いしたのか、セオドアは少し不安そうだった。


「どちらも気にしてません。私が気になるのはセオドア様おひとりです」

「ぼ、僕が……?」

「セオドア様には元気でいてもらわなくては。私はそのために呼ばれたのですから」


 借りた木刀を持って、空へ向かって突き上げる。さて、今日も素振りをするか。セオドアと一緒なのがまだ救いだな、なんて思っていたヒロは、セオドアがなんだか納得のいかない表情をしていたのに気が付かなかった。

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