ヒロとセオドア

 エナは席を外し、ヒロだけが側についている時、セオドアがふと口を開いた。


「……ヒロは僕のことをかわいそうだと思うか?」

「いつだったか聞いたことのあるような問いですね。あの時は弱い、でしたっけ」


 ヒロは記憶を振り返る。弱いと思うかと聞かれた時には、皆のお荷物だとも言っていたっけ。


「セオドア様は、どうしてそう思うのですか? あの時言ったように、弱いとは思わないし、お荷物だとも思いません。元気になれば何にでもなれます。それに今ではたくさん歩けるようにもなったではありませんか。……まだ何か不安があるのですか?」


 セオドアは少し口を閉ざした後、考えながら言葉を発する。


「……母様が、小さい頃よく、僕にごめんねと言っていたんだ。悲しそうな笑顔で、ごめんね、大好きよ、と」


 ヒロは静かに聞きながら、王妃の思いを考える。


「なぜだろう、僕は不幸ではないのに、なぜ謝るんだろうと思っていたが……大きくなるにつれてふと、自分が獣人に産まれたからではないかと思ったのだ。ルカと、アルバートが産まれて、余計にそう思った。そのことに気づいた時には、アルバートがうんと小さい頃で母様は忙しく、そうこうしているうちに僕は病にかかってしまって、聞く時はなかったが……」

「……そうですか」

「王になれる体に産めなくてごめんなさいと、そう母様が言っているのだと思うと、王になれる気がますますしなくて……なりたいかと聞かれると、父様に憧れはあるけれど、悩んでしまう。前にヒロに言った、騎士団長にも憧れているというのは嘘ではない。……でも、もし僕が人だったら、まっすぐ王になる道を選んでいたのかもしれないかと思ったりもする」


 セオドアは、自分の思いをゆっくりと言葉に変えながら、ヒロに伝えた。

 親から小さい頃より刷り込まれては、王子に生まれたはずなのに、王への道に靄がかかって見えるのも仕方ないとヒロは思った。そして、セオドアと王妃の間に何か小さな壁のようなものを感じたのは、これのせいかと見当をつける。王妃の方は息子に対して申し訳なさと後ろめたさを感じ、セオドアの方は母親に謝られるイメージを大きく持っているからだ。


「そうですね……まず、かわいそうかという問いに対しては、いいえと答えます。少なくとも、セオドア様は元気な体を持って、両親からの愛情をもらって産まれていらっしゃる。流行り病にかかってしまいましたが、病にも挫けず、闘病され、今ではこんなに元気になりました」


 セオドアは、頷くことなくただまっすぐヒロを見て、話を聞く。


「それにかわいそうとは少し違うような気もします。獣人に産まれた人は、みんなかわいそうなのでしょうか?……私は違うと思います。獣人に生まれて良かったと思う人もいるでしょう。人に比べて体が丈夫と聞きますから」

「……」

「では、獣人だから王になれないのか。それはないと、個人的には思います。……王妃様にごめんねと言われて育ったから、セオドア様の心にしこりとなって、その言葉が刻まれてしまったのかもしれませんが、きっと世の中、そう頭の硬い人ばかりではありませんよ。それに、もし王となることを反対されても、獣人の王、第一号になってしまえば良いと思います」

「そう簡単には思えない……」

「そのお気持ちも理解できます。私も他人だからこそ言えることでもあると思いますし。ですから、私の言葉を受け入れられないセオドア様を非難することはありません。でも、ゆっくりゆっくり馴染んで、いつか少しでも私の言ったことが、納得はできなくても理解はできると思っていただける日が来ることを願っております。それに、私がすべて正しいとも限りません」

「……ヒロ、少し、ひとりにしてもらえるか?」


 ヒロは頷いた。心の弱い部分を曝け出すには勇気がいったと思うし、セオドアがひとりでゆっくり考える時間が必要だと思った。ヒロの言葉を考えるにしても、自分の気持ちを整頓するにしても。

 部屋を出て、扉を後ろにし、ひと息つく。王様も王家も大変だなと思った。ヒロが同じ年頃の時には、遊ぶことと明日のことしか考えていなかった。大人になるのはずいぶん先の話で、何になりたいのかも分からなかった。

 だけど、セオドアは違う。王子という立場に生まれたことで、その時から王子として育てられ、未来の姿がある程度定められている。それはもしかしたら、かわいそうなことなのかもしれない。しかし、丈夫な体を持って生まれ、両親に愛され、未来に悩む余裕があることは、決して当たり前の環境ではなく、不幸ではない。


「でもセオドア様が不愉快に思っていたらどうしよう……嫌われてしまったかも……」


 もし嫌われてしまったのなら、と考えただけで嫌になる。偉そうに言いすぎたか。年齢を考えると反抗期になっていてもおかしくない、そこに寄り添い以外の言葉をかけたのだ。心がささくれ立っていても変ではない。今までのセオドアが良い子すぎた。しかしいくら悩んでも、話した言葉は戻らない。

 ヒロは、次にセオドアと顔を合わせる時がこわくて、女官のエナの元へ走ったのだった。

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