異世界転移でもふもふくんのお世話係に!?
壱
異世界転移
「おお、おお、道が開けたか……!」
ぐわんとめまいがして、思わず閉じた目を開くと、そこには先ほどまでとは違う光景があった。
「え」
辺りは薄暗く、夜を迎える前のようだった。足元は硬い岩でできた地面があって、そこに白く粉っぽいもので謎の文字と絵と円が描かれている。その中心に、紘子は立っているみたいだ。
視界の端に映る人影に視線を移すと、絵本のサンタクロースみたいに髭を生やした老人が、太い杖をついて立っていて、まるでファンタジーの賢者のような格好だと頭の片隅で思いながら、紘子は警戒心を隠さず男を見据えた。
おかしい。先ほどまで、会社から帰る道を歩いていたはず。ここはどこで、あれは誰だ。紘子は静かにカバンに手を入れて、通報できるようにスマホを探した。
「行幸、行幸。さてお嬢さん、言葉は分かるかの?」
「……」
「警戒されるのも無理はない。じゃが、ちとこちらの話を聞いてくれんかの?」
紘子は何も言わなかったが、老人は勝手に話し始める。
「わしは祈祷師をしておる。国に遣えるものじゃ。今回お主を呼び出したのは、我が王国の王子の病を癒す者を探しておって、召喚した結果、現れたのがお嬢さんだったのじゃ。つまり、そなたには王子を癒す力が備わっているはず。どうか病を癒す手助けをしてくださらんか」
「……無理です。私、医者じゃないです」
「医術を携わる者かどうかは関係ない。ここで、祈祷の結果、呼び出されたことがその証明になるのじゃよ」
カツン、と紘子の指の爪先が硬いものに触れた。スマホだ。ゆっくりと手繰り寄せて、電源ボタンと音量ボタンを同時に押した。押し続ければカウントダウンが始まって、自動的に警察に連絡されるはず。
十秒ほど経ったところでちらりとスマホの画面を見たが、手にしたそれは真っ暗で動いていなかった。
「うそ」
紘子はぞっとした。防衛手段はこれしかない。あとは走って逃げるか。しかしここはどこかの一室のようで、古ぼけて薄暗い岩の部屋の出口はすぐに分かりそうもなかった。
この謎の老人相手に逃げることは難しくはないと思うが、地の利はあちらにある。
ばくばく騒がしい心臓を感じながら、紘子の呼吸は速く浅いものになっていた。
突然、老人の奥から新たに人が現れた。頭に羊のツノを付けて、民族衣装らしい変わった格好をしている。
「ローガン様、いかがいたしましょう」
「ふむ……ひとまず案内しようと思うんじゃが……」
こちらを見るローガンと呼ばれた老人に、紘子は何も言い返せず、黙ったまま。
「そなた名前は?」
「……ひろ」
「ヒロ、そう警戒せずとも、何もとって食おうという話ではない。ヒロはお客様じゃ。詳しい話は追々するが、ひとまず場所を変えるのについて来てはくれぬか」
こちらに選択肢はない。ここがどこで、相手が誰なのか全く何も分からないのだ。紘子は名前を曖昧にして伝えるだけが精一杯の防衛だったが、それだけだ。
ここはとりあえず従うしかない。途中で逃げ道があるかもしれない。紘子はそう思って、頷いたのだった。
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