ないとのおはなし
第18話
「期待してるぞ」
「…はい」
何を期待されていたのか今では分かる。ただガキだった頃はそれがよく分からなかった。
な い と の お は な し
物心ついた時には既に親というものが居なかった。居るのは先生と同じように親がいない年が近い奴ら。そして、先生曰く同じ時期にここに来たらしい咲夜。
寝食をずっと一緒にしていれば仲が良くなるのは必然だった。気付けば兄弟のような、そんな関係に変化があったのは7歳の頃。
突然やって来た大人に2人とも引き取られ、何かを言われるでもなく別の場所に連れて行かれ。混乱する中現れたのは人形みたいな女の子だった。
「白夜はずーっとあたしのだからね!」
「…?ハア…」
変わったのは環境もだった。施設の時とは違う裕福なこの場所は少し居心地が良くない。何より咲夜がいない。
「…咲夜?」
「お久しぶりです」
心細さをどこかに感じながら未侑と過ごして2年がたった時、記憶の中とは変わった笑顔を貼り付け、似合わない敬語を使う咲夜と顔を合わせてやっと理解した。
ここが所謂ヤクザと呼ばれる人達がいる場所だという事、自分は将来その上に立つという事。
「咲夜」
「何ですか?」
「…いや、やっぱり何でもねェ」
兄弟みたいだったはずなのに、変わってしまった関係にジクジクと心臓が傷む。
それから4年。将来の為と組員達に戦う術を教えられ、中学に上がる前なのもあり力もついてきた。未侑はそれにいい顔をしなかったが…正直ずっと一緒なのも疲れる。組員との手合わせは息抜きには丁度良かった。
このまま変わらない日々を大人になるまで過ごしていくんだろうとどこかで思っていた時、転機が来た。
親父さんから言われる初めてのお願い。紅龍に入り内部を見てくる事。
この地域でもそのチームは有名だった。親父さんが目を掛けているチームを潰したそこはきっとこの場所より強い人達が沢山いる。好都合な話だった。持て余しているこの力を出すことが出来るし、何より…
「え…!?白夜会えなくなっちゃうの!?」
「会えないとは言ってねェだろ」
「しょうがないですよ、親父さんのお願いなんですから」
「やだ!何で!?」
少し我儘な未侑との時間が減るのはホッとした。こいつに四六時中構ってたら体力がもたねェよ、俺。
小さくため息をついたのを目敏く咲夜に見られて肩をすくめられる。分かってる、見られたら余計に騒ぐって言いてェんだろ?
2人で何とか宥め、早いほうがいいと早速やってきた少し離れた土地。向こうとは雰囲気が全然違うそこに何日か連続で訪れれば、その人は現れた。
「ガキっつーガキじゃねェじゃん…お前だろ?ここ最近この辺で見かけるっていうの」
「…さァ」
「何だ?訳あり?行くとこねェならうち来る?」
まさかこうもあっさり引っかかってくれるとは思わなかった。この人もしかして馬鹿なんじゃねェの?
自分より遥かに高い背のその人を追いかけながらそう思いつつ、目的の場所の紅龍に上手く潜り込む。
どこか虚な向こうとは全く違う騒がしい場所にドクリと心臓が高鳴った気がした。ここが、紅龍。
「今日から入る澪城白夜くんでーす!」
パチパチとまばらにされる拍手と、少しだけ機械を触るのが好きだと分かるや否や引かれる腕。咲夜も未侑も分からないような話を理解して楽しげに話してくれる虎南さんといる時間が増えるのは必然だったのかもしれない。
もう何年も感じていない楽しいという感情が沸々と腹から出てくるような、そんな感じ。気付けば向こうにいるより紅龍にいる時間が増えていた。
本来の目的なんて放り出してここに居たい。一瞬そう思ってその思考を頭から追い出す。
「よっわ…勝つ気あんの?」
「うるっせェな!」
「ハア?調子乗んなよ!」
「それはてめェだ!」
まさかそんな日々の中、あれだけ初対面から仲が悪く喧嘩をしていた小柄な男が実は女で、気付けばどっぷりと嵌って自分のものにしたいと思うなんて、この時の自分はまだ知らなかった。
((変わらないグレーの目と、今より幼さが少し残る顔))
(…?どうしたの?)
(いや…相変わらずブスだなてめェ)
(っ、ハア!?ふざけんなクソメカオタク!)
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