すてたはずのもの

第7話

クビね。そう無表情で吐き捨てられた台詞が脳内でこだまする。




いずれこうなる事だったと分かっていても、5年という歳月が少しは引き止めてくれるんじゃねェかってどこかで期待していた俺を打ち砕いた。




分かってた事だろ。あいつは許さねェって。







す て た は ず の も の







「んん…」




「いいんですか?置き去りにしたら煩いですよ」




「別にどうでもいい」




「仮にも婚約者でしょう」






パーティー会場で言われた言葉を掻き消すが如くあの人の娘を抱き潰した。隣で悠長に眠っているその女に思わず顔を歪める。




あいつと全てが違うと比べる始末。求めてたのは、この女じゃない。どうせ離れるならと何度も抱いてしまおうと思ったけど…結局そんな事なんて出来なかった。




着慣れないスーツに身を包み少し重い頭を覚醒させる。ボーッとしてる時間なんてねェ。






「紅雀、解散させていいんですか?まだ使い道はあると思いますけど」




「もうねェよ」




「親父さんも馬鹿なんですかね。天翔派潰すって。できると思いますか?」




「できるできねェじゃねェだろ。やるしかねェんだよ」






拾ってくれたあの人が決めた事なら俺らは従うしかない。それしか、術がない。




咲夜が運転するバイクの後ろに跨り古いビルを目指す。慕ってくれているあの2人を途中で突き放すのは悪いと思うが、これ以上は関わらせる気もさらさらねェし。






「あ、来た…って何でスーツ?」




「今日紅龍くんだろ?動きにくくねェの?」




「悪いな、お前ら。紅雀は解散だ」




「…お前が言ってたその時って、今って事か?」




「そうだ。確かお前あいつと接触してるよな?解散したって事だけ伝えておけ」






多分あいつ、1人で来るから。そう言えばなんとも言えない顔を向けられた。




本気でやれるわけねェ。手加減してることもきっとバレているだろうけどそれでも。




それにこんな汚ねェ世界になんの縁もないあいつを巻き込むわけにはいかない。






「それにしても白夜が言ってたように本当時間通り来ねェな、龍は」




「わかりにくい地図送ってるからな。咲夜、時間だ」




「…本当に、いいんですね?」




「あァ」






この感情は捨てなきゃいけない。心臓を鷲掴みされたようなそんな感覚は無視をした。きっと2度と彼女と会うことはない。




あとは頼んだ。そう2人に言い残し咲夜と2人慣れ親しんだ廃ビルをあとにする。




この後阿白は天翔派を潰しにカチコミをかける。俺は親父さんのサポートをしなくてはいけない。






「急ぐぞ」




「ギリギリまで溜まり場にいたからじゃないですか」




「黙れ」






遠目からでもいいから最後に目に焼き付けようとして何が悪い。案の定場所がわからないみてェで時間通りにこなかったけどな。




はい着きましたよ。そう言われて本邸に着いていた事に気付く。






「…何か、おかしいですね」




「静かすぎ…る、」






何だ、これは。




屋敷に入れば倒れている慣れ親しんだ組員達。血溜まりも出来ている。経験したことがない状況。そしてチームの抗争なんかとは比べ物にならねェ血の匂い。




慌てて親父さんの部屋に向かえば。






「おやァ?」






隣で咲夜が銃を取り出しそれを男に向ける。何でお前がそんなもの持ってるんだなんて思考を吹き飛ばすが如くそれよりも早く目の前の男は発砲してきて、パァン!音が響き咲夜の手から銃が弾き飛ばされていく。




俺は、どこかでヤクザを舐めていたのかもしれない。昔に見たその人もうちの組員とレベルも貫禄も桁違いすぎる。






「親父さんの命令あるからこいつら生捕りだぞ。殺すなよ?」




「っ…あんたも…!」




「白夜!」






背後からトンと首に衝撃を受ける。どんどん暗くなっていく視界の中、隣の咲夜も同じように崩れ落ちていくのが見えた。




あァ、咲夜が言った通り勝てねェ。どうあがいても天翔派には。






「起きろコラ」




「ゲホッ!ゲホッ!」






気を失っているのは一瞬だと思ってたがだいぶ失っていたらしい。




腹に感じた鈍い衝撃から目を開ければ見たことがない和室。そして、胸倉を掴まれ顔面に拳を叩きつけられている咲夜の姿。






「なに、してんだ」




「…白夜、駄目です。何聞かれても喋っては…っグッ!」




「…ったく、変に口固ェな。殺すぞ?」






降ってくる拳を直感的に避ける。あれは、受け止めたら多分やべェ。




考え事とは余裕じゃねェか。視界の端に急に飛び込んできた足までは避けきれなかった。




本当に人間か、この人。思っていた衝撃よりはるかに強いそれを受け壁に体が打ち付けられる。






「さっさと残りの事務所の場所吐けやゴルァ!」






腹を蹴り飛ばされ一瞬息が詰まる。




その時だった。部屋のドアらしきところが開き何人かの足音が聞こえてきたのは。






「入ってきちゃったか。お前だけは入れたくなかったんだけど」




「こっちも聞きたいことがあるから」






何で…何でお前がこんな所にいるんだ。




少し笑いながら時間かかるなんて珍しいと言いこっちを見る灰色の目。今気付いたのか元々でけェ目がどんどん見開かれていく。




なるほどね。そんな呟きが聞こえてきたかと思えば物凄い勢いで顔面に拳を叩き込まれた。




目に入った小せェ拳はぐるぐると血の滲んだ包帯が巻かれていて、思わず怪我をしている手を確認しようと手を伸ばした瞬間思い切り背を踏みつけられる。




珍しく肩で息をする彼女。凄ェキレてるのが分かる。背を踏みつけられて自分も呼吸がしずらい。






「始末しちまうなよ?親父さんこいつら引き込むつもりだ」




「落ち着いたか?」




「ご機嫌だよ」






ギリギリと更に踏む力を強められてミシミシと骨の鳴る音が聞こえてくる。きっと、殺す気できている。間違いなく本気で。




何で2人がここにいるのか。咲夜がそう聞いた瞬間だった。






「軽い口聞くな。こいつ天翔派の若頭だぞ」




「…若、頭…?」




「あたしとぶつかる事は避けられなかったんだよ」






残念でしたァ。いつもの調子で人を煽るような台詞を吐く壬黎。嘘だ。あんな普通に生活してたじゃねェか、お前。馬鹿みたいにチームで笑って。




そう思ったのにここでの壬黎は目を疑うくらい人を切り捨てる事が出来ていて咲夜が殴り続けられるのを止めもしなかったし、それどころかその状況に笑っている姿に少し鳥肌が立った。




咲夜を助けるため残りの組員の居場所を言えば次々と状況が変わっていく。気付けば銃口を向けられたり凄ェ厳つい人の前に連れて行かれ過去を話したりしていた。




どこか、現実じゃねェ気分。






「お前ら2人は若頭付きだ」




「…あたし?」






あれよあれよという間に天翔派への加入の話が進んでいく。少し、否かなりの急展開に頭がついていかねェ。




面倒見きれないと嘆く壬黎に大丈夫だと自然と言えばドン引きした顔を向けられた。




よろしくクソ野郎。そんな言葉の後に小さく耳元でおかえりと言われガラじゃねェけど目頭が熱くなった。






((捨てたはずの想いはまた拾うことを許された))



(失望させないで)



(命かけて守ってやるよ)



((躊躇する枷は、なくなった))

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