一分後に読了できる短編小説

螺良ひとみ

天界からやって来た神である猫

 一匹の猫が神社の境内けいだいで丸くなっていた。

 陽ひの光に照らされ、彼の自慢の毛並みはキラキラと輝く。


 彼はこの世を統べる神の一人であった。

 神々は時折、天界から現実世界……もとい現世に降りてきては、多種多様な生物の監視を行っているのだ。

 観察対象である生物の行いが良ければ「合格」、悪ければ「不合格」といったように判定を下すのが彼らの職務であった。


 今日こんにちも数万人の神々が現世に降り立ち、監視を行っている。

 彼は普段通り猫に化けているが、別にこの生物でないといけないなどという規則はない。

 犬でも人間でも、現世に存在する生物であれば、神々である彼らは何にでも化けることが可能なのである。


 猫はたまたま近くに降り立った、同じく神である化け犬を尻目に見た。

 その犬はまだ三歳にも満たないであろう幼い少女に撫でられ、気持ちよさそうに目を細めている。


 考えられないな、と猫は思った。


 彼は下界の生物に触れられてしまうと、たちまち蕁麻疹じんましんや吐き気などの症状に襲われるのだ。

 それは彼が下界を訪れたくない理由の一つであった。


 ふと、どこからか泣き声が聞こえてきた。

 見れば、小学一年生くらいの少年が泣いていた。

 母親らしき人物の名前を叫んでいるのを見るに、あの少年は親とはぐれてしまったのだろう、と彼は推測した。


 猫は面倒くさそうに顔をしかめると、ムクリと起き上がってその少年から離れた。

 関わるときっとロクなことにならない。

 そんなことは長年の経験から分かっていた。


 別の場所に行き、再び身体を休め始めると、すぐにまた少年の泣き声が聞こえてきた。

 歩き回っていた少年がここまでやってきてしまったのだろう。


 猫はため息を吐いた。

 起き上がり、少年のそばで丸くなった。


 少年は驚いたのか泣くのをやめ、ジッと猫の横顔を観察していた。


 やがて、少年は猫の毛並みを撫で始めた。

 少年に笑顔が戻っているのを猫は視界の端で捉えていた。


 どういうわけか、蕁麻疹や吐き気などは襲ってこなかった。

 こんなことはこれまで一度もなかったことなので、猫は少なからず驚いていた。

 変な生物もいるものだな、と猫は思った。

 

「合格」


 猫が微睡まどろんでいる中、そんな少年の声が聞こえた気がした。

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一分後に読了できる短編小説 螺良ひとみ @TsuburaHitomi

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