第1話 妻の残した宝
「あなた、仕事に行ってきなさい」
息も絶え絶えで苦しそうなのに、俺の妻、ナナリーの言葉は強く、俺を拒否できない力を持っている。
行かないと言い続けるのは、良くないだろう。
「すぐ、すぐ戻ってくるから」
「ええ、お腹の子と一緒に待っているわ」
膨れたお腹を優しく撫でながら微笑んで、俺を送り出してくれる。ああ、できるだけ早く仕事を終えて帰らなくては。
ナナリーを執事のセバスに任せ、屋敷を後にした。
仕事は順調に終わった。王国の今後について意見が欲しいだと。こんな時に呼び出すなと言いたいところだが、公爵家当主としてやるべきことはこなさねばならない。
隣国との戦争で辺境伯が討たれ、国政が乱れている。だが、そんなことは今はどうでもいい。
それでも、王都を離れ自領に近づくと、仕事のストレスも少しずつ癒えていった。
「セバス、ナナリーの体調はどうだ?」
屋敷に着くなり、すぐにセバスに状況を尋ねた。まだ、屋敷の雰囲気から、俺たちの子供は生まれていないだろうと思った。
「おい、セバス、どうした!」
どうして、そんなに頭を伏せて、何も言わない。
「恐れながら、ナナリー様はお隠れになられました」
は?「かくれんぼ」しているのか?
「セバスよ。さすがのお前でも、そういう冗談はよくないぞ」
努めて明るく言った。分かっている。子供のころから仕えてくれているセバスが、こんなタチの悪い冗談を言うはずがない。
「事実です」
短く、重々しく告げられたその言葉。どう考えても「かくれんぼ」などという遊びではないことは分かっていた。それでも、それはあまりにも残酷すぎる。
「お腹の子は」
「無事、お子様は生まれました」
「見せてくれ」
お腹の中の子は無事だったのか。それだけは良かったのかもしれない。
いや、良くなんてない。ナナリーがいなくて、何の意味があるんだ?
目の前に眠る子供は、スヤスヤと幸せそうに寝ている。
「元気な女の子でございます」
「そうか」
それしか今の俺には言えなかった。子どもを見ると、ナナリーがいないという現実がより一層突きつけられて、言葉が出てこなかった。
「ナナリーは最後なんて言っていた?」
「お嬢様のお名前をレイブン様とナナリー様の頭文字をとってレナにしないと明るく笑って仰っておられました」
「ナナリーは子供をいや、レナを産んだ後、生きていたのか」
「はい、生きておられました。その後急に胸を押さえられて……」
「いつのことだ」
「昨日の朝方でございます」
ナナリーは生きていたのか。昨日までレナを産んで。貴族どもがはじめから俺の案を受け入れておれば、俺は間に合ったじゃないか。
そんなあんまりはでないか、ナナリー。ナナリーもう少し、待っていてくれよ。
◇
すみません、ちゃんと予約投稿できていなかったみたいです。
予定とずれてしまったことここでお詫び申し上げます。
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