素直に推せないイケメン神様と異世界へ行くまで!

色葉みと

第1話 テンプ、レ……?

 日は落ち、月が昇った金曜の夜。いつも通りの道、いつも通りの持ち物、いつも通りの時間……よりかはちょっと遅いけど、わたしは塾からの帰り道を歩いていた。


 はー、とかじかんだ指先に息を吹きかける。冷たい風が通り過ぎるごとに体が震えるのは仕方のないことだろう。手袋も然り、もっと厚着してくればよかった。昨日までは暖かかったのに急に寒くなるのやめてほしい。ほんとに。


 どこからか漂ってくるカレーの香りは空腹に沁みる。今日の夕飯は何かな。カレーもいいけどおでんもいいなぁ。鍋もシチューもいいなぁ。


 ちらほらと灯る街灯が頼りの住宅街、人通りも車通りも少ないこの道は特に気をつけなさいと言われている。先生は不審者について言ったんだろうけど、正直おばけとかが出そうで怖い。


 早足で歩きながらふと顔を上げると、素晴らしいタイミングで青になった横断歩道が見える。懐かしの白い部分から落ちたら負けゲームを始めてしまったのは魔が刺したというやつだ。……誰も見てないし許してもらえるよね。

 一歩、二歩と小気味良く進んで横断歩道の真ん中辺りまで来た頃、青信号が点滅を始める。

 歩くテンポを早め、あと三歩で向かい側の歩道ゴールに着こうとした時それは起こった。


 気づいた時には、それと1メートルの距離もないくらい。突然、キキーとブレーキを踏む音がして左半身に光が当たった。そしてわたしは宙を舞う。


 あぁ、横断歩道の白い部分から落ちたら負けゲーム負けちゃった。



 たぶんわたしは死んだのだろう。血を流して倒れる自分の姿が見えたから。

 死ぬ前には走馬灯なるものが駆け巡ると聞いたけど、全然そんなことなかった。むしろ何考えてるんだわたし。それめっちゃどうでも良くないか?


 ってかさ、あの、死んだんだよね? なぜ思考できてる? 自我あるよ? ということはもしやこれって——。


「——夢、ではないんだよねぇ。残念ながらね」


 トゥンク。イケボ……。中音より若干低めの落ち着くイケボだ……。止まったはずの心臓がトゥンクしちゃったよ? わたしのオタッキーな部分出ちゃったよ? イケボさんはなぜわたしの思考を読んで右耳近くから語りかけてるのかな?

 ……え、ちょ、耳にふーしないで?


「そろそろ起きる時間だよ」


 オキル? おきる? ……あ、起きるか。ごめんねイケボさん、どう考えても死んだっぽい状況と起きるというワードかけ離れすぎてて理解不能となってたよ。

 起きる、起きる。わたしは起きる。とりあえずまぶたを開く。


 ……ココハドコ? ワタシハダレ? イケボサンハダレ?


 ちょっとふざけたのは否定しないけど、普通に謎すぎる状況だ。

 辺り一面白、白、白。床も天井も壁も全てが白い。正確には白い空間が無限に続いている。床は白くてふわふわしたものだけど。いや床、か……? 俗にいう雲に乗っているみたいだ。


「あ、起きた。おはよう」


 うん、知ってた。右側にイケボさんがいるのは気づいてた。でもさ、こう……なんというか、そのイケボからイケメンを想像してしまってですね。いろんな意味で顔を見るのが怖いんですよ。


「ねぇ君、ちょっとこっち向いてみてよ」

「うひゃっ」


 わざとらしくそっぽ向いてるの謝るからわざわざ耳元で囁かないでほしい。変な声出ちゃったじゃないか。……あの、ふふって笑わないでくださいません? 可愛いねって言わないでくれませんか? すんごい居た堪れない気持ちになるからさ。

 はいはい分かりましたよそっち向けばいいんでしょ。わたしはギギギと音が出そうなくらい不自然にイケボさんの方を向く。


 わ、イケメン……。


「わ、イケメン……」

「声に出てるねぇ。ありがとう」


 だよね、声に出てたよね。でも許して、イケボさん改めイケメンさんは想像以上にイケメンだったから。そして想像以上に顔が近かったから。儚げイケメンが目の前にいたら誰だって思ったことが声に出るよね。


 マッチが3本は乗りそうなまつげ、目鼻立ちははっきりとしており、ニキビなんてものは知らなさそう。緩く束ねた長い黒髪はツヤツヤさらさらとしていて、柔らかに細められた紅い瞳にはきらきらと星が散らばっている。まるで宇宙のどこかを切り取ったかのようなそれについ見入ってしまった。


「僕の瞳に何かある?」

「あ、いや、その……綺麗だなと思いまして?」


 不思議そうに目を見開く表情も素敵です。僕って一人称も最高過ぎます。かっこいい。イケメン。絵になるってこういう人のこと言うんだろうね。一人納得しているとイケメンさんはぱちくりとした後に笑った。


「どうして疑問系なの?」

「え? なんとなく、ですかね……?」

「そっかそっか。ところで君はこの状況、どう思う?」


 この状況、……そうだった。謎すぎる状況だった。わたし死んだはずなのに。イケメンさんの衝撃で一瞬頭から抜けてた。威力半端ないな。真面目な話、現実逃避がしたかったってのもあるだろうけど。


 ひとまず状況を整理しようかわたし。

 帰宅途中、トラックに轢かれて死ぬ、イケボ聞こえる、白い空間広がる、イケメンさんいる、このイケメンさん絶対事情知ってる。なぜなら揶揄うような口調だったから!

 あ、もうこれは今からやること確定ですね。とりあえず——。


「あのすみませんイケメンさんこれは一体どういう状況ですか?」

「やっと聞いてくれたね。その話はちょっと長くなるかもしれないから座って話そうか」

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2024年12月19日 17:38
2024年12月20日 17:38

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