とある1級魔法士試験の話

赤城ハル

二次試験

 メイ・フローデンスは振り返った。そして母鹿の後を追う子鹿のような男を見て、溜め息をついた。

 それからまた前に向き直り、森の中を歩き始める。

 溜め息をつかれた男──ジェイ・コビーは何か声をかけなくてはと思い、メイの背に言葉を投げる。

「山のてっぺんとは反対だぞー」

 その言葉にメイは立ち止まり、もう一度振り返る。

 普段は人様に見せない不機嫌な顔をあからさまにジェイに向け、両腕を広げる。

「布陣を引いて、相手を迎え撃つの? 私と貴方で?」

 そしてまた前に向き直り、歩き始める。

 怒りのためか足跡は強く残った。

 ジェイはその苛立ちの言葉を受け流して返答をする。

「味方の皆も山の上を目指しているんじゃないのか?」

「敵も同じこと考えているでしょうね。頂上に着く前に敵に遭遇したらどうなるかしら?」

 メイは前を向いたまま言葉を返す。

 空は曇り、鬱蒼とした森は枝葉を2人の頭上を覆うように広がっているため、日中にも関わらず夕方のような暗がりであった。

「一次試験トップ合格のあんたなら問題ないでしょ?」

「ええ。

 そこでメイは大きく息を吐き、また振り返る。

「でも、一次試験最下位のあんたはどうでしょうね?」

 二次試験は2人1組を作られ、一次試験トップのメイは一次試験最下位のジェイがあてがわれた。試験内容は受験者を3つのグループけて、1つのグループがなくなるまで終わらないというグループ戦。

「それを言われるとね」

 ジェイは眉を下げ、肩を竦める。

 メイはその態度が気に入らなくて、ジェイに詰め寄る。

 そこで2人は奇襲を受けた。

 触手のような光が前と左右から3つ現れる。

 メイは悠々と避け、1つは防御魔法で弾く。

 魔法による攻撃だ。属性は無属性。

 魔法名はデーワン。

 ただ破壊するための魔法。ほとんどの魔法士はまずこの魔法を習う。

 初級魔法。

 けれど、この魔法は応用範囲が広いため魔法士に愛用されている。

 現に2人を狙って放たれたデーワンは木々の隙間を縫って、襲いかかってきた。しかも、直前まで探知出来ないように工夫されている。

 メイはすぐにカウンターにデーワンを放つ。まるで先のデーワンの軌跡を辿るように。

「あんたはここにいて!」

 メイは防御魔法をジェイにかけ、森の中を駆ける。走りつつメイは索敵魔法で相手を探す。

 そして相手を見つけた。

 予想通り相手はメイ達と同じ2人組。

 1人を倒して、相手が腕に嵌めていた腕輪を壊す。腕輪は試験用のもので破壊されると二次試験失格となる。そして相棒は失格にはならないが、ポイント減となる。

 残りの1人はメイではなくジェイの方に向かった。

 やばいと感じてメイはすぐに戻ろうとする。しかし、そこで隠れていた2人の魔法士に邪魔をされる。その魔法士の腕輪を見て、メイは驚く。2人は違う腕輪を嵌めていた。つまりお互い別グループということ。

 メイはなんとかジェイが倒される前に相手を倒した。そしてジェイのもとへ戻る。

「やあ、ご苦労さん。倒してくれて助かったよ」

 ジェイが戻ってきたメイに労いの言葉をかける。

「敵は?」

「相棒が倒されたと知ると戦闘をやめたよ。そしてさっさとどっかに行った」

「……そう。まさか徒党を組んでいたとはね。早くここを離れないと」

「ん? 敵は2人ではなかったのかい? 徒党? グループ同士なら問題ないだろ?」

 メイはその問いには答えず、歩き始める。

「おいおい、情報は共有すべきだろ? お互い二次試験を合格したいだろ?」

 その言葉にメイは立ち止まり、振り返る。

「私はあんたらとは違ってなの分かる?」

「分かるよ。本気だってことは。あんたは試験前から有名だったからね。ノーラやキンバスに次ぐ有力候補ってね」

 全属性使いの天才魔法士ノーラ。

 A級討伐クエスト経験者である魔法士キンバス。

 今年の1級魔法士試験合格者はこの2人はかと言われている。

「だったら足を引っ張らないで」

「引っ張るつもりはないさ。こっちだって命がかかっているし。穏便にと思ってるんだから」

 1級魔法士試験は合格率が低く、かつ危険で死亡率も高い。

 合格率が低いわけは1級魔法士には権力が与えられるため、権力者が増えぬように合格率が低い。そして1級魔法士は難題にもクリアしなくてはいけないというわけで、死亡率も高いのだ。

 メイは先程の戦闘についてジェイに簡潔に述べた。

「──そういうわけ。だから相手はグループの垣根を越えて徒党を組んでいたのよ」

「これまた面倒な。どうせ最終試験は面接なんだから。危険な二次試験なんてやめてもらたいよね。普通とは逆だ」

 役所とかの試験は最初は面接。それから筆記、実技、仮雇用の順である。

 しかし、1級魔法士試験は最後に面接。

 そのため二次試験を悠々と突破出来る実力があっても、面接官に落ちる。

「どうせ最後に落とされるなら初めから試験なんてしないでもらいたいよね」

 そう。1級魔法士試験はである。

 今では魔法士が増え、辺境の村にも2人はいると言われているほど。

 それほど魔法士が増えてしまった。

 さらに2級魔法士になると、2級の身分に甘んじて適当な論文を書いて、国益にも貢献しない自堕落な生活をする者までいる。

 それを解消するために2級魔法士は5年のうちにB級以上の討伐クエストを3回クリアし、1級試験を1回以上受けないといけない。もし条件を満たさないと3級魔法士へ落とされる。

「これって1級魔法士を生み出すというより、2級魔法士を減らすためだよね?」

「さあ? どうかしらね」

「そろそろ教えてくれない? 俺達はどこに向かってるの?」

 グループ戦での基本は仲間に遭うこと。味方の数が多くなれば拠点を作り、そして敵グループの数と拠点を知ること。

「山の上に拠点を作るのが基本なんだけどー」

「知ってるわよ。普通ならそうする。でも、は真面目に取り組まないでしょ?」

 ジェイ達は合格の見込みのないのに強制的に受験させられた。そのため基本は合格ではなく死なない為に動く。

「どうせ試験が終わるまで人気ひとけのないところに隠れるでしょ?」

「ま、ガチ勢には関わりたくないからね」


  ◯


 そして2人は湖に辿り着いた。

「メイさんや、ここで泳ぐのかい?」

 ジェイは湖を見て、困ったように聞く。

「馬鹿じゃないの。泳ぐわけないでしょ?」

「なら水かい? 湧水ならまだしも湖は菌が多いよ?」

「飲まないから」

「ならお魚? おなか空いたの?」

「違うわよ」

 そう言って、メイは火魔法を放つ。

 火炎球がジェイを襲う。

「おっとっと。危ない」

 ジェイは防御魔法で防ぐ。

「ツッコミにしてはひどくない?」

「殺すつもりで撃ったのよ」

 笑顔のジェイに対してメイは鋭く、敵意のある視線を投げる。

「どうしてさ? 相棒だろ?」

「1級魔法士試験強制参加者は何を目的とする?」

 質問を質問で返され、ジェイは機嫌を悪くする。

「そりゃあ、俺みたいなのは穏便に落ちるように──」

「なら一次で落ちるべきね」

「……」

「どうして死亡率が高いか知ってる?」

 続けてメイは質問をする。

「危険だからだろ?」

「どうして危険?」

「強い魔法だろ?」

「デーワンによる死が多いのよね」

「デーワンは応用がきくし、昔から馴染みがあるからな」

「誰もが使う魔法だから誰がったかわかりづらいしね」

 ジェイは頭を掻く。

「1級魔法士試験は権力者に買われた2級魔法士達が徒党を組んで妨害や暗殺を仕掛けることが多いのよね。特に対立候補者側からの」

 そう言ってメイは溜め息をつく。

「仲間を呼ばなくていいの?」

 メイはもう一度、火炎球を生み出す。

 火魔法はメイの得意属性の魔法。

「いつから気づいてた?」

「最初から違和感……というか胡散臭さが。確信を得たのは襲われた時。戻ってきた時に戦闘の形跡がなかったからグルだと気づいたの」

 そしてメイは大きな火炎球がジェイへ向けて放つ。

 ジェイは杖を捨て、火炎球を腰に隠していたナイフで切った。そしてナイフの切先をメイへと向ける。

 メイは杖でナイフを防いだ。

「馬鹿だな」

 ジェイはニヤリと笑う。

 なぜならナイフから風魔法が発生し、メイを吹き飛ばす。

 メイは後方に飛び、魔法で体勢を整えて、着地。

 だが、それもジェイには折り込み済みなのか、着地の瞬間に森からデーワンが放たれ、メイを襲う。

 爆発により煙が発生。

「殺ったか?」

 森から魔法士達が現れる。

「いいや」

 ジェイが首を振る。

 煙から火炎球が飛び、森から現れた魔法士に襲いかかる。

「さすがはメイ・フローデンス。これだけではられないか」

「舐めてもらっては困るわ」

「舐めてはいなさいさ。イケッ!」

 ジェイが声を上げて指示すると、魔法士達が魔法を放つ。

 それをメイは避けたり、防御したりしてカウンターで火炎球を放つ。

「無駄だ」

 その火炎球は一部の魔法士達が水魔法で相殺する。

 それでもメイは諦めずに何度も火炎球を生み出しては放ち続ける。けれどその度、水魔法で火炎球は蒸発して消える。

「諦めな。いくらあんたが強くても相性の悪い水だと苦労するだろ? ここは無属性のデーワンか他の無属性魔法を使えばいいのに」

 そこでジェイは小馬鹿にするように鼻を鳴らす。

おごりのある奴ほど、属性魔法を使いやがる。あんたもそうなんだろ? 自分は他とは違う。だから火属性魔法を使う」

「鼻水垂らしながら講釈を垂れるのは滑稽ね」

「あん?」

 ジェイが鼻の下を袖で拭うと確かに水っ気があった。

「なんだ水蒸気じゃねえか。水魔法影響だな」

 ジェイはほくそ笑む。

 辺りは湿度が高くなり、まるで霧の中にいるみたいだ。

「おいおい、べったりしてるぞ」

 ジェイは仲間の魔法士に文句を言う。

「待て、俺達じゃねえよ」

 狼狽うろえたように1人の魔法士は答える。

「あん?」

「まだ分からない?」

 メイが小馬鹿にしたようにジェイに聞く。

「どういうことだ?」

「そもそも、どうして火魔法を使う私が湖になんかに来たわけ? まさか見通しがいいからなんて言わないよね?」

「……」

「教えてあげる。森だと燃えちゃうでしょ? そしたら山火事にもなって大変になるの」

 気温は、そばの湖は蒸発。

 まるでサウナにいるようだ。

 火の大蛇が生まれ、メイを中心にトグロを巻く。

「燃えぜろうじ虫が!」

 メイが吠える。

 危険を察知した魔法士達が怯えて逃げる。

 だが、もう遅い。

 怒り狂う火の大蛇はね踊り、全てを巻き込んで燃やし尽くす。

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