畦道にてオタマジャクシに会う

@onlyoneday

一話完結作品

 まず初めに、自意識過剰かもしれないが僕の話を聞こうとしてくれてありがとう。このような機会というのは経験がないんだけれど、ずっと誰かに話したかったんだ。君にも想像がつくと思うが、訳の分からない話というのはこの世の中にいくつもあって、その中でもかなり陳腐だと思う。新聞に投稿して拍手喝采というような話では決してないし、この話で君に何か学びや愉快さを与えることができるわけでもない。だけどこのことは誰かに話さなければならない。使命感というか、不安の縄が僕を引きずり回しているのか、僕には明確な分析はできない。何はともあれ、君が僕の話の受け皿になってくれることで、僕はすっきりするということは確かだと思う。チェーンメールのような怪談ではないから安心してほしい。


 僕は見ての通り、下の中のアラサーだ。それなりの高校、大学、仕事に就き、若い時と比べてわずかな経験と引き換えに朝の草原の露のような情熱をほとんど失ってしまった。一般的につまらない人間と称される僕だが、一度不思議な体験をした。ほんんとうによくある話だ。振り返ると現代には奇妙な体験というのが奇妙なくらい溢れている。


あれは僕が高校生の頃だった。今は一人暮らしだが、その時には親と一緒に田舎に住んでいたんだ。田舎にもいくつかタイプがあるが、僕の住んでいたところは集落タイプだった。あと五十年もすれば地図から消えるんじゃないかなと昔思ったよ。子どもが少なかったこと、畑が多かったこと、お隣さんの禿げ頭の三つだけが印象に残っている故郷だ。あの時はまだ暑かったな。田んぼの水がやけに涼しく見えた。実際は太陽が湯沸かし器をはりきって担うんだけどね。家にエアコンはなく、毎年毎年夏は死にそうになってたよ。ほんとに。僕は夕方と夜の隙間に散歩に出かけるのが日課だったんだ。僕には友達も少なかったし、暇な時間を潰すにはゲームが第一で第二が散歩だったというだけさ。


 その日も僕は散歩に出かけた。犬がいればいいなと散歩の前に思うんだよね。一人の散歩というのは良くも悪くも気を落ち着かせるんだ。五時とかそこらへんだったけどまだまだ日の光は残業をしていた。毎回、こんなに田んぼが多くて何を作っているんだと思ったものだよ。米の工場といった感じだった。本当に田んぼばかりさ。あの時田んぼに近づかなければと今でも思うよ。都会出身の君には想像がつかないかもしれないけど、田んぼには畔道ってのがあって、そこと田んぼの米の間にはミニチュア運河が存在するんだ。虫が溺れてたりするんだよね。


 ここから本題というか、この話の肝なんだ。忘れもしないけど、オタマジャクシがいつもと比べて四倍くらいいた。その時は気持ち悪いなと思ったけどそれだけだ。僕の散歩は四割くらいの進行度で、多少多いくらいじゃオタマジャクシが残りの六割を超えるような魅力を持てる訳ないからね。僕はオタマジャクシゾーンを過ぎ去っていったけど、ふと後ろからぴちゃぴちゃと何かが跳ねるような音が聞こえたんだ。水面で虫か何かが生を繋がんとあがいているだけだろうと思ったが、あまりに異常な音量だったから振り返ってみるとオタマジャクシがめちゃくちゃ跳ねてるんだよね。もしかしたら僕の恐怖心が僕の記憶を修飾して、こうやって語るに耐えられるスケールにしているだけかもしれないけど、絶対あの数だったと確信があるんだ。さっきの数なんか比較にならないくらい。絶叫が喉の奥からこみ上げてきたけど、田舎で騒ぎを起こすと後々面倒だからね。必死に耐えた。僕は後ずさりしていったよ。相対したことはないけど熊を相手にしている気分だった。少しでも態勢をのけぞらせたらそのまま腰が抜けそうだった。そうしたらその内の二、三匹が畔に飛び乗って僕の方に向かってきたんだ。そしたら少しずつそれに連なるように他のオタマジャクシも飛び乗ってきた。僕はもうほとんど動けなかった。僕にはハリウッド映画に出てくる凶暴なスカラベなんかより何百倍も恐ろしく見えた。僕はこのまま食われてしまうのかとさえ思ったよ。すんでのところで先頭の二匹を大声を出しながら足で踏みつぶした。大声が僕の体を動かすトリガーだった。まだ後ろの方には何匹も続いていた。発狂しそうになりながらも全力で走って逃げたよ。その勢いたるや隣町まで走っていけそうだった。僕は後ろを振り返らなかった。振り返らなかった。


 結局家には無事に帰れた。酷く遠回りをしたよ。また変なことが起きないようにね。幸いなことに周りの人は僕が大声を出したことや、オタマジャクシの形をした何かがいたことも知らなかった。知らなかったふりをしていたのかもしれないけどね。しばらくは散歩になんか絶対に行けなかったし、蛇口をひねったら奴らが出てきそうで怖かった。ミネラルウォーターを買うことで飲み水の問題は解決したけどね。あと、寒天や心太とかの"それっぽい"ものを食べることができなくなった。大学に入ってからも山の方の川辺のキャンプ場でバーベキューなんて行けやしなかった。海は大丈夫だったけど。こうやって話してみるとあれは何だったのかと思うよ。散々考えつくしたが分からなかったし、考えない方がいいと思ったからね。もしかしたら異星人だったかもしれないし、山の神様の使いだったかもしれないよね。ほら、考えるとどんどん潰してしまったが大丈夫なのか、ということに意識が移ってしまうからだめなんだ。大学生になったらすぐに一人暮らしを始めた。なるべく水場の遠くの物件をね。理由を言う必要はないだろう?親にも引っ越しを提案し、何とか飲んでもらった。親は僕が田舎暮らしを嫌がったとしか思ってないけどね。

 

 さて、この話も終わりだ。ここまでの年月を経てだいぶ気にしないようになってきたけど、未だに洗い物をするときはゴム手袋がないとできない。お守りとしてね。


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