風雲ドゥングリムックリ城

@SBTmoya

第1話 磯端建成、異世界に転生す。




「あ、(東京に)帰ろう……」


 異世界に転生して1時間。磯端建成は、そう、強く願っていた。






 魔力が星を支配し、多数の異なる種族が手を取り合って生活する、ノルランド大陸。

人によっては『SSSスキル』で無双をし、人によってはエルフの異性に溺愛され、

あるものは成り上がり、あるものは力およばず「ざまあ」と言われ、

ひねくれものは転生してまでセミリアイアでもしたのかスローライフを志す。そんな世界。


 ……ちなみに、この大陸の名前は、ここで忘れていい。なぜなら、今後出てくることは無いからである。


 磯端建成が憧れていた『異世界転生』。しかし、突きつけられた異世界での現実は、斜め上をいく非情さであった。

というのも……


 冒険に出るどころか、最初の城から出られないのである。


 なぜこんなことになったのか、建成にもわからぬ。

思い返せば、転生直後に大陸王、デイヴ・ドゥングリムックリとの謁見前からおかしなことは起きていた。

 ドゥングリムックリ城の兵士に付き添われ、城のエントランスホールに入った瞬間に、

違う兵士に拘束されている白装束の女性から「逃げて!! すぐ逃げて!!」と言われていたのがずっと引っかかっていた。

そして長い廊下を渡り、王との謁見が始まる。


 最初こそ、もはや転生者には常套句となっている、『魔王を封印せよ』『この資金で身支度をせよ』の件があった。

それはいい。問題は明らかにそれらに続く言葉が異質、または、『こちらの世界では聞きなれない言葉』だったからである。


「それと……20分以内に城から出て行ってくれ」


 これに『なんでですか?』と聞くことを怠ってしまったが故に、これから散々な目に遭うことを建成は知るよしもなかった……


 王からの謁見が終了し、建成の背後の大扉がギギィ…… と開く。確かに不吉な音がした。

眼前には、先ほど通ってきた長い廊下。


「ああ、ここから俺の、『勇者』としての成り上がり人生が始まるんだなあ……」


 感慨にふけっていた建成、その最初の一歩を踏み出すと、

バターン!! と王の間の大扉がそっけなく閉じた。

 


【無限回廊】




 テンションの上がった建成はひたすら廊下を歩いた。が、歩けどもも歩けども次の部屋に行かない。景色の変わらない長い廊下が続くのみだ。

イラッとした建成は、廊下の途中にある扉を開けた。




【『モー』と鳴く馬小屋】



 そこには馬小屋があった。「モー」と鳴いているが、間違いなく馬だ。

……今にして思えば、王の間に通ずる廊下。そこから入れる『馬小屋』なんて城の設計的におかしいのだ。ここで気がつくべきだった。いや……ここで気がついても、すでに遅かったのかもしれないが……


 馬小屋の、馬小屋然とした牧歌的な、香ばしいが過ぎる匂いにも建成は前途千里の旅の事を思い、怯まず、馬小屋を抜けた。




【くだらない螺旋階段】




 その先には、長い螺旋階段があった。非常に長い、人が4人は横に並んで歩けるだろうか。石造りの螺旋階段、その途中に出た。馬小屋を出て螺旋階段ということは、

馬たちは、廊下と階段に挟まれた辺鄙な場所に詰められていた事になる。どう考えても設計がおかしいことに、脳味噌まで筋肉となった建成は気がつかなかった。

建成はなんの疑問も持たず、……というよりも、明らかに城に入る時に案内された経路ではないと知りつつ、

とりあえずは一階を目指そうというので螺旋階段を下るが、降った先の扉は鍵がかかっていて開かなかった。

仕方なしに数十段、と続く螺旋階段を登るときでさへ、この時の建成は高揚していた。

なんとなしに『20分以内に城を出ろ』と言われていたのが頭に残っていたので、むしろ早足で階段を駆け上がった。



【気まずさのエレベーター】



 階段の先には、エレベーターがあった。エレベーターには、無表情で無愛想なエレベーターガールがおり、降りる階を指定できるようだった。


「初めまして! 磯端建成です! お世話になります!!」


 元気よく挨拶したが、エレベーターガールからは生気というものをまるで感じなかった。無機物にしゃべっているようだった。


「上に行きますか? 下に行きますか?」


 と、この世の終わりを告げるかのように聞いてきたので……


「じゃあ下で!!」

 

 と元気よく答えた。答えてしまった。

なんでエレベーターを降りる前にわざわざ螺旋階段を登らされたんだ? という不可思議に対して疑問も持たずに。




【世界一きったねえ水路】




 それからエレベーターを降りてから、ようやく事態の『おかしさ』の片鱗に気がついた。

降りた先に、城の出口を想像していたのだが眼前に広がるのは、悍ましいほど汚い下水道だったのだ。

『鼻が曲がる』というのは比喩表現だと思っていたが、本当に目と鼻が痛くなるような匂いがしたのだ。

エレベーターを降りるのを躊躇ったが、エレベーターガールが降りて欲しそうな空気を出したので、建成はエレベーターを降りた。


 考えてみればここは異世界だ。現実世界で言うところのインフラ整備などされていないのかもしれない。

むしろ、このような肥溜水路があるだけでもマシなのかもしれない。

建成は、数歩踏み出すたびに吐き気に襲われたが、『20分以内に城を出ないといけない』。

耐えて耐えて、ひたすら通路を進んだ。


 そして水路の突き当たりに差し掛かった。それは、王の間を隔てていた扉にも負けず劣らない立派な扉であった。

この先に新鮮な空気がある! そう信じて扉を押し開けた。


 扉はゆっくりと開いた……




【番犬モアーの間】





 扉の先には、今度こそ青天井が広がる!! そう信じていたが、宏明の前に現れたのは別の部屋だった。ここでようやく建成は『何かがおかしいのではないか』と疑問に思った。

建成が部屋に一歩踏み出すと……ドォン!! という大きな音を立てて背後の扉が閉まり、

巨大な緑色のモンスターが姿を現した!!


 城内にモンスター!? 流石に事態の異常さに気づいた建成だったが、緑色の怪獣が大木ほどの太い腕を振り上げて襲い掛かってきたので建成は戦闘を強いられた。


 建成は、剣の心得ならある。5歳から18歳になるまで北辰一刀流を習っており、いざ異世界に転生することを前提に、それ一筋で生きてきた。

転生しなかったら警察官にでもなろうと思っていたくらいである。落ち着いて剣を正眼に構え、怪物の一撃を去なすと顔面に向けて突きを繰り出した。

切っ先は怪獣の目を捉え、怯んだところに建成はすかさず構えを上段に切り替えて、頭上から二の剣、三の剣を繰り出し、怪物を討伐した。

ちなみに今のがこの物語におけるほぼ唯一の戦闘シーンである!!



 建成が剣を鞘に収めると、頭上から声が響き渡った。


「よくぞ20分以内に試練を終了させた。勇者建成よ。其方は何を望む?」


 この質問に対し、建成は胸をはって、


「とりあえず城から出たい!!」


 ……と言った。そこで視界が歪み……

気がつけばなぜか王の玉座の前にいたのだ。


 事態が飲み込めない建成に、王は告げる。


「死んでしまうとは何事だ!!」


 これが、建成の長い長い冒険……否、城からの脱出劇のはじまりだった。 


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