雷の年代記: 光の道
@jayhallana
すべてを変えた日
夏の始まりは、タルデス学院の卒業式で幕を開けた。
風の国の首都、ヴィンドヘルムには、世界各地からあらゆる貴族たちが集まっていた。
毎年恒例のタルデス学院卒業式は、6月3日に首都の元老院広場で行われ、授与式は風の領主が直接執り行う。今年、解放戦争から720年目にあたるこの年は、滝、雪、炎の領主たちも出席していた。式典の準備は一ヶ月も前から進められ、街全体が旗や花飾りなどの装飾で彩られている。
今年、ハカミ・ライトも無事に学業を終えた。
元老院広場ではすでに準備が始まっていた。学生たちは解放戦争の英雄であり、ヴィンドヘルムと風の国の創設者である聖エレスの教会付近に集まり始めていた。7時半にはオーケストラがリハーサルを開始し、市民たちが少しずつ元老院庁舎前に設けられた舞台に集まってきた。
東区も賑やかだった。ほとんどの窓から音楽が流れ、聖ゲルハルト運河には観光客を乗せた船が行き交い、通称「魔法使い」と呼ばれる芸人たちが子供たちに元素を使った手品を披露していた。中でも火の元素を使った手品が最も人気で、料金も高かった。
「くそっ、靴が見つからない…」
ライトはクローゼットの中を必死で漁りながら言った。
「確か、ここに置いたはずなんだが…」
彼は焦りながら昨日の記憶を手繰り寄せていた。確かに靴は、部屋のクローゼットの一番下の棚に揃えて置いたはずだった。
探し物を諦め、額の汗を拭いたライトは、一階に降りることにした。ちょうどその頃、母が出かける準備をしていた。
「靴?」母は玄関先に立ち、黒い靴を指差した。「ほら、ここにちゃんと置いておいたわよ。」
「おお…!」
ライトは木製の階段に立ったまま、大きく息をついて安堵した。
「ありがとう。」
トラムの出発時間まであと4分。ライトは急いで家を飛び出した。タルデス学院の制服を見て、多くの通行人が振り向いた。きちんとアイロンのかかった白いシャツに、エレガントな黒のジャケット。道ゆく人々の目を引き、ライトがどこへ向かっているのかすぐに察したようだ。彼を知っている者は、祝辞を送りながら通り過ぎていった。
4番トラムに飛び乗ったライトは、車掌に運賃として3枚のマルクを手渡そうとした。しかし、今日はタルデス学院の学生に限り無料乗車が許可されていた。
ライトは車両の右側出口付近に立ち、手すりを掴んだ。元老院広場までは10分ほどの道のりだ。東区は停留所が少ないため、進むにつれて街並みは次第に高層の建物へと変わっていった。
トラムは元老院通りに入った。街で最も広いこの通りには、至る所に旗や装飾が施されていた。走り去るトラム自体も、タルデス学院の各学部の色を模した旗で飾られていた。ライトの胸には少しずつ祝祭気分が高まってきた。
一方その頃、ライトの同級生たちはほぼ全員が聖エレス教会前に集まっていた。今年は解放戦争終結から720年目にあたるため、教会は4月初めから修復工事が行われている。しかし、礼拝は通常通り続けられていた。太陽の光が尖塔に反射し、その黒い塔を白く輝かせるほど、この日は陽射しが強かった。
石畳が敷かれた元老院広場は、徐々に人々で埋まり始めていた。
ライトは7時50分に広場に到着した。
「やっと来たか、ハカミ!こんな日まで遅刻するつもりだったのか?」
ライトの担当教授、シュタインは40代くらいに見える。白いシャツは首元が開いており、ベージュ色のズボンに押し込まれていた。
「すみません、シュタイン先生。でも、式には間に合いましたよ。」
「まあいい、忘れろ。お前はファウスの次に出番だ。スピーチの準備はできてるんだろうな?」
「俺が?スピーチなんて聞いてませんけど…?」
「お前が経済学部の代表に選ばれたんだ。学院長がちゃんと通知を送ったはずだぞ。ヴェルギルから手紙は来なかったのか?」
「直接言ってくれればいいのに…ヴェルギルからは何も。」
ライトは焦りながらズボンの裾を直した。
「まったく、仕方ないな。何とか考えろ。」— シュタイン先生が言った。「誰かリメルを見なかったか……?」
「何を考えろって言うんだよ……?」— ライトはぐったりしながら、他の学生たちの方へ向き直った。
空気にはどことなく緊張感が漂っていた。待ちに待った卒業式の日が、ついにやってきたのだ。式典はゆっくりと始まり、人々の間から拍手が湧き上がり始める。これは領主たちが式典に到着した合図だった。先生たちは事前に「領主が出席する」と学生たちを脅していたため、誰もが身を固くして余計な動きを避けていた。
風の領主は国の首長ではなかった(その上には元老院と最高元老がいる)が、その地位は無視できないほど高く、注目を集めるのは当然のことだった。
ライトはクラスメイトたちの間を通り抜け、挨拶をしながら進んだ。そしてファウスに辿り着くと、彼が何かをぶつぶつ呟いているのに気づく。しばらく様子を見ていたが、ようやくライトは彼の注意を引くことができた。
「何してるんだ?」— ライトが尋ねた。
「代わりに俺が出ようか?」— ファウスが言った。
「何のために?」
「昨晩ずっとスピーチを考えてたんだ。だから絶対に失敗しない。」
「いいよ、自分でやる。」
「でもお前、何も準備してないだろ?どうやって出るんだよ?」
「即興で何とかなるさ。基本的な『みんなよく頑張った』とか『関係者に感謝』で乗り切れる。」— ライトは鞄から小さな紙切れを取り出しながら言った。「鉛筆持ってないか?」
「即興って言ったばかりだろ。」— ファウスは鞄を開けながら言った。「ほら、これ。」
「助かった。」— ライトは鉛筆を受け取った。「まあ、簡単な流れだけでも考えておかないと。町中の人の前で話すんだからな。」
「確かにな。俺のメモを見るか?何か参考になるかも。」
「いいね、助かるよ。」
「ちょっと待ってな。」— ファウスは鞄の中を探り始めた。見つからないと悟ると、その場で中身を地面にぶちまけた。結局、問題のノートを取り出すことができた。「ふう、やっと見つけた。ほら、これだ。ちょっと先の方に書いてある。」
「ありがとう。」— ライトはノートを受け取った。最初の数ページには何かの機械の設計図が描かれていた。「すごい図面だな。」
「ああ、これは旋盤のラフスケッチだ。」
「なんでそんなものを?」
「仕組みを理解しようと思ってさ。本の図が複雑すぎたから、どうすれば簡単にできるか考えたんだ。」
「面白いな。俺はそんなこと考えたこともない。」— ライトは感心しながら鉛筆を咥えた。
「考えない方が楽だぞ。」— ファウスが言った。
「そうだな。」— ライトはしゃがみ込み、スピーチの内容を簡単に書き始めた。
式典が始まった。風のオーケストラが、この地で最も有名な作曲家たちの美しい作品を演奏する。アイエン・フォン・ヘベルク、フェリクス・グリメルシュタイン、エリン・ハウゼ、そして多くの作曲家の曲が今日の舞台で響いた。有名な曲には、群衆も一緒になって歌い出すほどだった。
その間もライトは落ち着いた様子で、しゃがみながらスピーチの簡単な内容を書いていた。即興が得意な彼にとって、大まかな流れをメモするだけで十分だった。
そんな時、ヴェルギルがライトの前に現れた。彼は、校長の手紙を届けなかった張本人である。
「何してんだ?」— ヴェルギルが尋ねた。
「書いてるんだよ。」— ライトは返事をしつつ、視線を上げずにメモを書き続けた。そして気づくと声の主がヴェルギルだと気づく。「ヴェルギル、まさにいいタイミングだな。何か言いたいことはないか?」
「何のことだよ?」
「校長の手紙だ。あれ、どこやった?」
「悪い、マジでごめん。失くしちまったんだ……」
ライトはヴェルギルの浅黒い顔をじっと見つめた。彼は必死に言い訳しようとしていた。
「まあ、いいよ。別に。」
「じゃあ、なんで突っかかるんだよ?」
「お前が悪いんだから、文句くらい言わせろ。」— ライトはヴェルギルを見つめながら言った。「それはそうと、髪型いい感じじゃん。」
「サンキュー。ヨンセンが2年前にくれたスタイリング剤だよ。」
「まさか卒業からずっと使わなかったのか?」— ライトは驚いたが、すぐにコボ・ヨンセンの雑なイメージを思い浮かべた。
「週一しか風呂に入らない奴が、そんなの使うわけないだろ。」— ファウスが言った。
「週一って、それは言い過ぎだろ。」— ライトは立ち上がり、背伸びをして骨を鳴らした。「毎日トレーニングしてるんだぞ。」
「おい、静かにしろ!国歌が始まるぞ!」— シュタイン先生が叫んだ。
風のオーケストラの演奏は『風の歌』で締めくくられた。それはこの国の象徴とも言える曲であり、風の国の住人なら誰もが知っている一曲だ。まるで街全体が合唱団となったように、歌声は広場全体に響き渡った。
コボだけは、その場の雰囲気に気づかず、周囲が歌い出して初めて「あれ?」と驚いた表情を浮かべていた。
『風の歌』が終わると、舞台には若き風の領主、ノルが姿を現した。彼は19歳の青年であり、タルデス学園の卒業生でもある。白い王族の衣装にベージュ色の長いマントを羽織り、肩まで伸びた茶色の髪が風に揺れていた。
彼の名は水の国に伝わる「ネア一族」に属しており、風の元素を受け継ぐ血筋だ。しかし、彼はその分家の出身であり、現在では分家が本家を上回る勢力となっていた。
ノルは軽く微笑みながら、広場を埋め尽くす群衆に視線を向けた。数百、いや数千とも思えるほどの人々が集まり、広場を取り囲む古い建物の窓からも、無数の顔が興味津々に式典を見下ろしていた。
だが、ノルが口を開こうとしたその瞬間、広場に悲鳴が響き渡った。
「キャアアッ!」
群衆は一瞬にしてパニックに陥り、人々は東西南北へと逃げ惑い始めた。狭い路地では、逃げようとする人々が押し合い、混乱が広がっていく。
聖エレス教会の裏側に立っていた学生たちは、最初何が起きたのか分からなかった。広場の様子は建物に遮られ、見えなかったからだ。
「くそっ、何だよこれ……?」— コボは人混みの中で呟いた。
彼の視界には、恐怖に歪んだ人々の顔が飛び込んできた。彼らもまた、事態を把握できずにいた。ノルは護衛に囲まれながら舞台を降り、そのまま広場を離れたようだった。彼の馬車が見当たらないことが、それを物語っていた。
その時、まるで弾丸のように、灰色がかったベージュの着物に赤い縁取りを施した男が、空から広場の中央に落ちてきた。足には袴を履いており、その装束は明らかに雷の国に由来するものだった。
雷の国――12年前の革命以降、世界から姿を消したはずの国。
男は18歳ほどの青年で、頭を剃り上げた姿が特徴的だった。彼が地面に着地した瞬間、衝撃で周囲の人々が吹き飛ばされた。そして、ゆっくりと立ち上がった彼の視線は、まっすぐにコボへと向けられた。
「ははあ……」— 雷の国の青年が驚いたように言った。「白い髪に透き通るような肌……カタリかと思ったが、お前はヨンセンだな?」
「何を驚いてるんだ?」— コボが問いかけた。「お前、何者だ?」
「数か月前に、俺は『パージ(清掃隊)』に任命された。そして、今や俺は第七位だ。」— 青年は誇らしげに、にやりと笑った。
「それがどうした?」— コボは眉をひそめた。
「お前、本当にバカなのか?」
「バカはお前だろ!」— コボは目を見開いて叫んだ。「わけのわからない用語を並べやがって、俺が理解できるわけないだろ!」
同じ頃、風の国軍の兵士たちが広場を取り囲み、学生たちを守るために隊列を組んでいた。しかし、学生たちは恐怖で既に足がすくんでいた。
「なんでお前は計画なんか書いてるんだよ!?」— 怯えたファウスが叫んだ。
「ただの落書きだよ。」— ライトは冷静に答えた。「落ち着くんだ。」
「おい、コボがいるぞ!」— 少し離れた場所からヴェルギルが叫んだ。
「コボ?」— ライトとファウスが同時に反応したが、声色には明らかな温度差があった。
ライトは立ち上がり、ヴェルギルの横に駆け寄った。
広場の中央では、コボが立ち尽くしていた。彼の前には、明らかに侵略者であろう雷の国の男が立っていた。広場の人影は次第にまばらになり、遠くの路地からは爆発音や元素のぶつかる音が響いていた。
「何てひどい日に襲撃してきやがるんだ……」— ヴェルギルが呟いた。
「よくそんなに冷静でいられるな。」— ライトは苦笑混じりに言った。
次の瞬間、広場には6人の新たな影が現れた。彼らは最初の男と同じ服装をしていたが、色は暗く、背中には『七』の紋様が刻まれていた。
「何なんだよ、この『パージ』ってやつは?」— コボが荒っぽく問い詰めた。
「ふっ……」— 侵略者の青年が鼻で笑いながら、少し顔を傾けて言った。「お前らみたいな連中と話すのも珍しいな。雷の国以外のヤツらは本当に何も知らないんだな。」
「何を言ってるんだ?」— コボが険しい顔をしながら詰め寄った。「とっとと説明しろよ。」
「分かった、分かった。言ってやるよ。」— 青年は、まるで子供をあやすような口調で言いながら、手のひらを軽く振った。「俺たち『パージ』はな、裏切り者を探し出して処理する。それが俺たちの役目だ。」
「裏切り者だと?」— コボが眉をひそめた。
「そうだよ。」— 青年は冷笑を浮かべながら答えた。「12年前、雷の国から逃げ出した裏切り者どもを、今こうして一人一人始末しに来たんだよ。」
コボの表情が一瞬固まった。彼の視線は無意識のうちに聖エレス教会の方へと向いた。そこには、まだ大勢の学生たちが残っている。
「待てよ……」— コボが低い声で呟いた。「ライトと……ハカミのご令嬢……彼らも、雷の国の出身だ……。」
遠くでその様子を見ていたライトは、コボの言葉が届いたかのように身を強張らせた。
突然、空から水の元素の青い光が降り注ぎ、侵略者のすぐ横に衝撃とともに着地した者がいた。そこに立っていたのは、黒いマントをまとった高身長の男。風に流されるように整えられた髪、そして冷ややかな目つき――それはレンだった。
「ほう、増援か?」— 侵略者の青年が挑発するように笑った。
「七番……」— レンが低い声で呟き、侵略者を鋭く睨んだ。「間違いない、お前はノトロだな。」
「おおっ!俺の名を知っているのか!」— ノトロが満面の笑みを浮かべた。「やるじゃねえか、第三位の影の一族(シャドウ)のレンさんよ!」
「コボ、ここから離れろ。」— レンはノトロから目を離さず、コボに向かって冷たく言い放った。
「は?俺だって戦えるぞ!」— コボが反論した。
「お前の力では足手まといになるだけだ。学生たちを守る方が先だ。」— レンの声には、いつも以上に威圧感があった。
「くっ……分かったよ!」— コボは悔しそうに拳を握りしめると、すぐに教会の方へ向かって走り去った。
ノトロはその光景を見て、愉快そうに笑い出した。
「ははっ、これだからお前ら影の一族は面白いんだ!」— ノトロは地面にしゃがみこみ、指で地面をトントンと叩いた。「お前一人で何ができる?レン、第三位だろうと関係ねえ。」
レンは黙ってその場に立ち、ゆっくりと構えを取った。彼の周囲に水の元素が渦を巻き、青い光が淡く光り始める。
その時、広場に再び緊迫した空気が流れた。
学生たちの周りにはまだ風の軍の兵士たちが立っており、その中央に新しい姿が現れた。すべての学生たちの前に立っている女性は、白い着物と黒い袴を着ており、雪のように白い髪の尾がほぼ地面に届いていた。彼女は敵ではなく、むしろ逆に—学生たちが広場から脱出する手助けをするために来たのだ。
コボは彼女の近くに着地したが、彼女が一体誰であるか全く理解できなかった。どうやら、彼女は学生たちのもとに到着したばかりで、まだその目的を説明する時間がなかったようだ。
「私はカイサ・キリと言います。」彼女は言った。「今日は風の国の首都を守るという名誉を得た組織に所属しています。」
「あなた、影から来たのか?」コボが上から落ちてきて尋ねた。
「その通りです。」カイサは静かに言った。
「本当か?」ベンチに座っていたファウスが尋ねた。「そんなに深刻なのか?」
「私たちは『ザ・パージ』に攻撃されました。」カイサは言った。
周囲は急に静まり返り、ライとを寒気が走り、心臓が止まりそうになった。
「『ザ・パージ』?」ライとが大きな声で尋ねた。
「はい…あなた、グロムの出身のようですね。」カイサは立ち上がったライとを見ながら言った。
「はい、私はそこから来ました。」ライとが緊張した声で言った。
「そうなら、できるだけ早く出発しなければなりません。」カイサは長い通りを指しながら言った。「私の仲間を待って、それから出発します。」
誰もが理解する間もなく、すべてが非常に速く進行していた。『ザ・パージ』の部隊は、ダークベージュとダークパープルの服を着た兵士たちが、風の国の街をナイフのように切り裂くように進み、後ろに恐怖におびえた人々や死体を残していった。
彼らの訪問の目的は、12年前に革命を逃れたグロムの人々を捜し出すことだった。グロムの現在の皇帝によって引き起こされた恐ろしい革命から逃げた人々は、その後、国を離れていた。
長年、彼らの組織「ザ・パージ」は国内で内部の犯罪者や皇帝にとって不都合な人々を排除していた。この組織のリーダーは、国家で2番目に権力を持つ人物で、狐の仮面を使って外見を隠し、「センゾ」と名乗っている。その日、彼は風の国の首都に現れ、中央出口付近で彼の個人部隊の二人とともに目撃された。
2時間半後、ライとたちは風の国の島から脱出し、川の近くの小さな森で他の避難者たちと合流した。その中には卒業生の親たちもおり、彼らは恐怖に震えていた。ライとは自分の母親を見つけることができなかった。
「ブレーデン方面に向かおう。」コボがライとに近づいて言った。
ライとが土の小道に立っていると、その周りには大勢の人々がいて騒がしかった。周囲はただの森だった。
「俺の母さん、見なかったか?」ライとが友達の方を振り返った。
「いや、でもここにいるはずだ。」
「全然見当たらない。」
突然、何かが激しく落ちた音が聞こえた。
「ヨンセン!」『ザ・パージ』の7番目、頭を剃った青年が大声で叫んだ。
「くそ。」コボが振り返りながら言った。
「誰だ?」ライとが、数秒前に急に現れた敵を見て驚きながら尋ねた。「ああ、あの広場にいたやつか?」
「そうだ、またあの変なやつだ。」
「レンが彼を引き受けたんじゃなかったか?」ライとが尋ねた。
「コガク様が何とかする。」と、コボとライとの前に現れたノトロは言った。
ライととコボは、まるで地面に根を下ろしたように動けなかった。
ノトロは無言で二人を見つめた後、膝をついた。軽い笑い声が響き、それによりコボは家から持ってきた剣を手に取った。
「石の開放…」ノトロは無邪気な声で言った。
コボは剣を引き抜こうとしたが、ライとはその場に動けなかった。
「岩の原野。」
信じられない速さで、広場に大きな岩が現れ、広場にいた人々を呑み込んでいった。ほとんど誰も反応できなかったため、すぐに多くの人々が巨大な石の中に閉じ込められてしまった。
コボとライとは高く跳び、木の上に乗った。しかし、すぐにその木も巨大な岩に押し潰されてしまった。隣の木にはカイサがいて、手を振って二人を呼んでいた。同じ木にはカイサの仲間が立っており、赤いTシャツに白いシャツを羽織り、黒いパンツを履き、肩までの白髪を持つ男だった。その木の少し下の枝には、ファウスとヴェルギルがいて、カイサとその仲間の助けを借りて攻撃を回避していた。コボとライとは力強く跳び、必要な木にしがみついた。
ノトロの手のひらが握られ、すべての岩は小さな破片に分かれて消え、誰一人として残らなかった。
「この男は完全に無制限だな。」カイサが言った。「『ザ・パージ』でもこんな奴は稀だ。」
驚いたライとが、かつては人々が逃げようとした場所に残された無数の穴を見つめていた。彼の仲間たちは多くが犠牲になり、シュタイン教授でさえノトロの攻撃から逃れることができなかった。
「ルートヴィヒ、あいつらを見ておけ、俺はあの禿と戦ってくる。」カイサが言いながら木から飛び降りた。
「ええ、俺がなんであんたに従わなきゃいけないんだ!」
ライとはルートヴィヒの方を見上げた。ルートヴィヒは彼よりも二回り大きかった。
「まさか、こいつにとってはこんなことが普通なんだろうか?」ライとは思った。
戦闘が始まった。ライとには何も見えなかった—ただ、エメラルド色の稲妻のような光がちらつくのが見えた。それはカイサに与えられた稀有な元素だった。
空には石の槍が現れ、それらはすぐにカイサが放った稲妻で砕け散った。数回の攻撃の後、カイサは敵の首元にまで迫った。
「くそ、君、強いな。」
「歯が立たないか?」カイサは歯を見せながら尋ねた。
ノトロは背後で拳を握り、いくつかの石柱をカイサに投げようとしたが、カイサは後ろに跳んで回避した。煙が立ち上り、攻撃が消えた後、敵は姿を消した。しかし、街の中からは依然として戦闘の音が響き続けていた。
カイサは額を拭い、攻撃を受けた後に生き残った者たちのいる木へと歩み寄った。
「こんな大規模な技を使ったのに、君を倒せなかったのはどうしてだ?」ルートヴィヒが木から飛び降りながら尋ねた。
「今は冗談言ってる場合じゃない。」カイサが木を見上げながら言った。「早く車を探して、ここから離れよう。」
「どこに行く?」
「ブレーデンに行けるかもしれない、そこは安全だろう。」コボが叫んだ。
「いや、彼らはもうそこにも来ているだろう、北へ向かう方がいい。」カイサは顔を少し心配そうにして言った。
「まさか、私たちを屋敷に連れて行くわけじゃないだろうな?」ルートヴィヒが尋ねた。
カイサはルートヴィヒを数秒間見つめ、深く考えた後、再び木に目を向けた。
「そこが一番安全だろう。」カイサは言った。「それに、ここにはグロムの者がいる。」
ライとはまるで鈍感になったようで、会話をまったく聞いていなかった。目が激しく脈打ち、胸は熱く、心臓が異常な速さで鼓動していた。
そのまま、ライとの目が閉じ、意識を失い、地面に倒れた。
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