巡る船旅

麝香連理

一周目 目覚め、そして………

 ガン!という音と共に足下が大きく揺れる。

 俺は振り回される感覚に陥ったあと、意識を手放した。




「……ってて……」

 俺が痛みで頭を抑えつつ立ち上がると、先程まで雰囲気のあったバーは、不気味に薄暗い照明に包まれた廃墟のようになっていた。

「ここは………」

「君、目が覚めたかい?」

「うお!?」

「驚きすぎじゃないかい?」

 振り返ると、メガネをかけた男性が疲れた顔で座っていた。

「す、すみません。あの……これは?」

「………多分、座礁かなにかしてしまったのではないですかね。かなりの衝撃でしたし。」

 男性は肩を擦りながら答える。

「いたた……」

 少し遠くから、人の声が聞こえた。

 俺と男性は顔を合わせて、その声の方に向かった。


 そこには深紅の髪を纏った少女がいた。

「あ、良かった……人がいた。」

「やぁ、立てるかい?」

「ありがとうございます。」

「えっとーとりあえず自己紹介しません?」

 俺の提案に二人は頷いた。

「じゃあ僕から。僕は織音勇樹、いつもは電子系統のエンジニアをしているよ。この船にはメンテナンス要員として呼ばれたんだ。」

 メガネをかけた男性が始めに答えた。

「次は俺で。三崎大輝です。高校生で、ここにはくじ引きが当たって来ました。」

 おずおずと手を上げて答えた。

「最後は私ね。私は嶺井秋です。父に連れられて来ました。」

 三人の自己紹介が終わり、ある種の沈黙が流れる。

「一先ずなにか食べないかい?考えるのはそのあとでも良いだろう。」

 織音さんの言葉に頷いて、バーの厨房にあった無事なオレンジジュースやちょっとした食事を食べた。バーにあった酒類の瓶が割れて匂いが充満しており、少し気分が悪くなった。


「二人はこれからどうする?僕は一先ず誰かいないか探索をしようと思ってるんだけど。」

「……俺も行きます。」

「私も!お父さんを探したいです!」

「そっか、分かった。腹も膨れたし、一人一つこのペットボトルを持って行こう。途中で喉が乾いたら大変だから。」

「そうですね!」

 織音さんの意見に賛成し、バーの冷蔵庫に入っていた水の入ったペットボトルを持ってバー出口のドアを開ける。


 バーの出口から見て左が筋トレルームと併設されたプール。前方が図書館で、その左がカジノルームがある。通路の左突き当たりには動力室、右突き当たりには上に繋がる階段と倉庫がある。

 なんで知ってるかって?通路にある地図を見ただけだよ。


「階段に行けるドアは船員の鍵が無いと開かない。手分けして探そう。」

 そーいえば、この船には各国の要人もいるから、階段の前に船員が必ず一人はいて、監視されているのだが、今は異変のせいか通路にも誰もいなかった。

 そういえば、バーにももっと人がいた気がするんだが、俺達三人以外誰もいなかった。すでに避難をしたのだろうか?



「俺は図書館に行きます。」

「じゃあ僕は筋トレルームに。」

「わ、私も筋トレルームに行きます!一人だと心細くて………」

「分かった。じゃあ三崎くん、そっちは任せたよ。」

「はい。」



 図書館の中はかなりびっしりと本があり、ちょっとしたした書庫のようになっていて、こんな時に不躾ではあるが、少しテンションが上がった。

 中に人はいなく、めぼしい本はあまり見つからない。

「お。」

 そう思って物色していると、この船の成り立ちに関する資料を見つけた。

 そこに各国の政府が金を出し合い、この豪華客船を作ったとのこと。世界平和の象徴だのそんな感じの言葉が書かれていた。

「フゥー、特になんも見付からなかったな。」

 そんなことを呟いて、俺は図書館を出た。




「あ、二人とも………どうしたんですか?」

 二人を見つけて近づくと、顔が真っ青だった。

「うぅ……」

「ごめん、三崎くん。ちょっとね。」

「何かあったんですか?」

 織音さんが嶺井さんを地面に座らせて俺に向き直る。

「……あぁ、筋トレルームには何人も既に息絶えていたよ。その中に嶺井さんの………」

「………そうですか。」

 織音さんの言葉でなんとなく察することができた。

「プールなんか酷いものだったよ……血のようなもので水が染まっていた。流石にキツかったよ。」

 見てみると、二人のペットボトルの水がかなり減っていて、精神的にも大分参っているようだ。

「なら、少し休みましょう。」

「いや、先を急いだ方が良いと思う。」

「だ、大丈夫なんですか?」

「あぁ。」

「あ……ごめんなさい、私は……無理です…………」

 確かに身内が死んでいるのを目の当たりにして呆然とするのは仕方ないだろう。

「織音さん、嶺井さんもこう言ってますし、織音さんも休みましょう。」

「っ………そうですね…………」

 織音さんの握られたペットボトルには破裂しそうなほど力が入っていたのが不思議だった。








「ごめんなさい、もう…行けます。」

「そうですか。では、行きましょう。」

「あ、そういえばまだここは見てないですね。俺が見ときますよ。」

 俺はカジノルームのドアノブに手を掛けた。

「っ!三崎くん!駄目だ!」

「え?」

 俺がドアを開けようと力を入れた瞬間に、織音さんに制止の言葉が飛んできた。しかし、俺にはその動作を止めることはできなかった。


 その後は、途轍もない轟音と口の中に広がるしょっぱい味が妙に印象に残りながら俺の意識は飛んだ。

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