暁は来る
ダゴン先生
第一話:夜更けの神話
ヴァイキングたちは冬を越すために南下し、デンヴィルヒルという丘で現地の兵士と戦った。彼らの勇猛さは死の恐怖すらも逃げ出すほどで敵は成す術なく敗走した。彼らは、我らこそ恐れを知らぬ戦士であることを力強く勝鬨の声に載せて叫んだ。
戦が終わり日が落ちた頃である。ヴァイキングたちは略奪品の整理を終え、焚火を起こしていた。臆病者たちが残していった酒やチーズ。干し肉などを強者である自分たちの胃袋に入れるためである。弱肉強食の光景がそこにはあった。
「しかし今日の敵は大したことがなかったわ。儂が斧を振り上げてうおおと声を上げて突っ込んだら一目散に逃げおった。所詮どこかから徴兵した農民じゃろう。」
大男のバギンドウルは豪快に肉にかぶりつきながら自身の勇猛さを語る。確かにこの戦では彼が誰よりも先に敵陣へ突っ込んでいったのだ。その時槍による傷を受けたものの、出会い頭に五、六人の頭を斧でかち割った武勲を誰も見逃すはずがなかった。「バギンドウルほどの男なら、死んだとしてもエインヘリヤルとして武勇を馳せるだろうよ。オーディン様がお前を見逃すわけがねえ。」仲間が彼の武勇を讃えた。
エインヘリヤルとは「死せる戦士たち」を意味する言葉で、ヴァイキングたちが信仰する神々の世界においては戦士の誉れに近いものであった。生前、勇敢な戦士と認められたものはラグナロク(神々の黄昏とも言う)と呼ばれる戦争の時が来ると、彼らが信じる神オーディンと共に巨人たちを打ち倒す使命を与えられるのだ。その日が来るまで、死を迎えた勇敢な戦士は戦乙女(ワルキューレと読む)と呼ばれるオーディンの使いに連れられてヴァルハラという館で戦いづづけるのだ。故にヴァイキングはその名誉のために死を恐れず戦うことができたとは多くの歴史書に記してある。そして、この場にいるバギンドウルがそれに該当するのであった。
勝利を讃える宴も盛り上がってきた。彼らは歌でも歌いたい気分であったが、先行部隊としてデンヴィルヒルに一足先に駆け付けたバギンドウル達は自分達を讃える詩人を連れてくるのをすっかり忘れていた。そのことに気づきさてどうしたものか、何なら一斉に歌うかと大声で笑いながらふざけ合っていると、見慣れぬ旅人が近くを通ろうとしているのに気づいた。
「お主何者だ。場合によってはその頭バギンドウルが勝ち割ってくれよう!」ここでも先陣を切るバギンドウルだったが、その声は彼らにも通じる言葉でこう返した。
「私は旅の詩人です。アルデイヴァルと申すものです。一晩の宿を探している際にあなたたちの焚火を見かけたので近寄らせていただきました。何卒ご慈悲を。」
バギンドウルはこの辺りで自分たちの同胞。なおかつ詩人が一人で夜道を歩いていることに疑問を覚えたが、敵ではない事もまた事実であるし、都合よく詩人がくるのは渡りに船であった。その為、バギンドウルの一味は詩人を焚火に近づく事を許した。
「この夜道、あなた達に出会えたことはまことな幸運です。謝礼としては歌くらい出しか返すことが出来ないのが大変口惜しく思います。」詩人の残念そうな顔に対し、「いやいや、ちょうど歌を謡える奴を探していたのだ。儂らの勇猛さを讃える奴を。」とバギンドウルはその委縮した相手の肩を叩いた。
そこからは宴は楽しさに拍車をかけた。誰もが肩を組み、詩人の楽器に合わせて大声で歌い、夜が更けていくのを忘れるかのように語り合った。詩人の歌に聞き入ってみな良い心地になった時に、バギンドウルの部下の一人であるギンドゥイングが詩人に「そうだ、あんた物語は語れるかい?今日、戦を勝ち取りエインヘリヤルに選ばれるであろう活躍をした我らが大将バギンドウルを讃える物語を一つ頼むよ!」と言う。詩人は少し悩んだ後「せっかくですしラグナロクを語りましょうか?」と提案する。
「ラグナロク?縁起でもねえ終末戦争のどこが大将にふさわしいんだ!」とギンドゥイングが荒々しく詩人をとがめるが、一方の詩人はその事に一切動じることはない。「皆様、ラグナロクで皆死に絶えたといいますが、その中でも生き残った者がいるのは当然ご存じであると思います。ええ、ホッドミーミルの森に逃れたリーヴとリーヴスラシルのことです。ですが、それ以外にも生き残りがいたのです。今日はその生き残ったエインヘリヤルのお話を特別にしようと思います。」ヴァイキング達は唖然とする。神々の黄昏であの主神オーディンすら死んだのだ。エインヘリヤルが生き残るなんて聞いたことがない。大ほら吹きにもほどがある。バギンドウルは詩人の胸ぐらを掴んで問い詰める。「おい、一体どこのどいつが生き残ったんだ!言ってみろ!」「それは皆様もご存じの大英雄。先陣のアドンでございます。」バギンドウルの強面の前にして一切表情を変えず、むしろ優しい微笑みで詩人はその英雄の名を告げた。
先陣のアドンの名を聞いて知らないと答えるヴァイキングはいない。アドンとはそれほどまでにヴァイキングたちの生きざまに影響を与えた大英雄であった。巨人の国ヨーツンヘイムから侵攻してきた牙の巨人サッギョルズをたった一人で討ち取り、大蛇バーギョナウムの頭を落としたもののその毒によって死を迎えた大英雄である。死後、ワルキューレのイーヴヴェリエに導かれ、ヴァルハラに辿り着き、ラグナロクの際にも、誰よりも先に斧を手に持ち大蛇ヨルムンガンドの尾に切りかかったとされている。その伝説についてはバギンドウルだけでなく、その手下であるギンドゥイングも、それは愚か宴の中にいるすべてのヴァイキングが知っている英雄の名であった。
「どういうことだ!先陣のアドンはヨルムンガンドに真っ先に切りかかり、切り傷を作ったが、その後ヨルムンガンドの尾の一振りによって崖から落ちたって話だぞ!」
バギンドウルが捲し立てる後に、ギンドゥイングもその威勢に続いて反論をする。「そうだそうだ!崖から落ちて生きている奴がいるはずもねえ!ウソを言うな!!」「ですが本当に崖から落ちただけで死ぬような男でしょうか。皆様が憧れるアドンと言う男は。巨人を討ち、大蛇に二度も対峙した男が、その程度で死ぬでしょうか。」どこまでも自信に満ちた詩人の主張に、誰しもが言い返せなくなっていた。バギンドウルは胸ぐらにかけた手を解き、ゆっくり降ろした後詩人アルデイヴァルに尋ねた。「そこまで言うなら聞かせてくれよ。俺たちのアドンがラグナロクを生き延びた話。」詩人アルデイヴァルは、ほっとした様子を見せ自慢の楽器をかき鳴らし語り始めた。「これより話すは終末の後の話。死の冬が終われば生が芽吹く春が来るように、終末を迎えた後、必ずや再生の時来る!天に御座します神よ、この詩を最後まで謡いきれるよう我が身に力を授けたまえ!」宣言の後、詩人の口から終末が始まる音がした。
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