さようならのあとに

sazo

第1話

「ねぇ、あんたはさ――」


そう声をかけてきたのは、5分前に「さようなら」を告げた元カノだった。

大きなカフェのガラス窓の向こう、冬の夕暮れがオレンジ色に染まっている。僕はまだ手に持っていたコーヒーカップを机に置いた。


「……なんだよ」

「あたしと過ごした時間、どう思ってる?」


面倒くさい質問だ。聞くまでもない。答えてもいいことなんてないし、これ以上、言葉を交わす理由もない。

それでも彼女の瞳は真っ直ぐで、何かを確かめるように僕を見つめている。


「無駄だった?」

「――それは、君が決めることだろ」


僕は椅子を引き、立ち上がる。彼女の前に座っていることすら、今は息苦しかった。


「待って!」

「……なんだよ、まだ」


振り返らずに言うと、彼女の声は少し震えていた。


「慰謝料は!?」


……は?

思わず振り返った僕の目に映ったのは、冗談でもなさそうな真剣な顔の彼女だった。店内に静かな笑い声がこだまする。僕たちのやりとりが、コメディか何かに見えたんだろうか。


「――もういいよ」


呆れた僕は、カフェを後にした。追いかけてくる気配はない。彼女自身も、これがただの嫌味だと分かっていたんだろう。


「時間の無駄か……」


彼女がよく口にしていた言葉だ。僕たちが別れる直前、彼女は何度も言っていた。「あなたといた時間、全部無駄だった」って。

だけど、僕にとっては違った。いや、少なくとも、今なら違うって言える。


恋愛に振り回されるのも悪くない――そんなことを考えながら、僕は人ごみの中に紛れ込んだ。

大好きだった人を思い出そうとしたけれど、なぜか胸の中は空っぽだった。


(本気で好きだったはずなのに)


夕暮れの光は遠く、冷たい風が僕の頬を撫でる。人は、同じことを繰り返す生き物だ。きっと僕もまた、誰かに恋をして、別れて、こうやって空っぽになる。


それでもいい――それでも。


この話に、結末はない。

ただ一つ、確かなのは、僕は今、次のページに向かって歩いているってことだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

さようならのあとに sazo @sazo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る