前編 2 せりあがり岩

 『せりあがり祭』のご本尊は沖合に見える“せりあがり岩”だ。


 島民(それも男に限るが)は、このせりあがり岩にはお祭りの時にしか近付かない。

 と言うのは、せりあがり岩周辺の漁業権も大木様の物だからだ。

 しかし大木様ご自身はご自分の会社の船をあんなところへは寄こさない。

 だから、せりあがり岩の周りはイセエビや岩牡蠣などの宝庫だ。

 なぜそんな事を知っているかと言うと、勇太さんが気の向いた時に舎弟達に岩牡蠣を取りに行かせるからだ。


 そんなわけで僕も何度か大きな牡蠣を取りに行かされたが、その収穫にありつけるのは『勝男』さんと『隆』さんまでで、僕たちにはお鉢が回ってくる事は無い。


 でも“お祭り”の後の今なら! まだせりあがり岩にしめ縄が張ってある今なら!!


 僕は浜に誰も居ない事を確認して海に入ると、せりあがり岩を目指して一心不乱に抜き手を切った。きっと今日なら水泳大会で優勝できたくらいに!!


 せりあがり岩に縋り付いて息を整えると、すぐに素潜りして、手のひらに余るくらいに大きい岩牡蠣を三つもむしり取った。


 せりあがり岩の反対側、ちょうど浜から見えない方は、大人のおおきなベッドくらいの滑らかで平らな岩肌で、端っこに鳥居みたいなものがすえられている。

 お祭りの儀式の後なのか、その下にはお猪口やお酒の瓶が置かれたままになっていた。


 しめ縄にくっついている紙垂が風でカサカサ揺れる中、僕は岩牡蠣の殻の境目からナイフを入れ、中に向かってグリグリとやって貝柱を切り、殻をこじ開ける。

 殻を開けると、むき出しになった身の下に刃を入れ今度は殻から身を削ぎ取る。

 そうして日に照らさせれて眩しいばかりのを一気にかぶりつく。


 三個も食べれば十分だろうと思ったが美味し過ぎて牡蠣欲が止まらず、僕は再び海へ潜ると……岩礁の陰をゆっくりと這っている見事なアワビを見つけた。


 どうしよう??!!


 海パンの中に隠し持って帰れる大きさじゃない!!


 やっぱりここで食べて証拠隠滅するしかない!!


 迷ったけれど、僕の“食欲”の方が足を前に出させた。

 その瞬間、踏み出した足は激痛に襲われて僕は思わず肺の中の空気を聞こえぬ叫びと共に水中へ吐き出した。


 岩に噛まれた!!


 痛みと苦しみと焦りで足を取られ血煙が上がり、不気味な魚が寄って来て、程なく僕の意識は遠ざかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る