第6話

 孤漫道─1980年代米国にて、中華系アメリカ人マイケル・リーにより創設された武術である。ボクシング、忍術、カンフー等々古今東西のあらゆる格闘技を融合させ生まれたその武術の、秘伝の継承者である母より、アマナは幼き頃からその技術を叩き込まれていた。


「高校生になって!やっと彼氏が出来て!素敵な恋愛が出来ると!思ってたのにッ!!」


 二重兵衛の体を滅多打ちにしながらアマナは呪詛の言霊を挙に乗せる。やっとこさ出来た恋人との初デート中、彼女らに絡んできた男達を挙で返り討ちにした事によりドン引きされ、そのまま別れる事となった記憶も甦ったばかりなのだ。


「嘗めるな小娘ぇっ!」


 二重兵衛の反撃。拳が顔面を打つが、オーバーン焼きの効果により強化されたアマナの体には擦り傷だ。通常ならば鼻骨の骨折は免れないが、鼻血が出る程度で済む。


「ううんっ………」


「殿下!」


「気付いたのね!?」


 オーバーン焼きを食べたカスターは意識を取り戻した。


「そうだ…アマナは!?」


 辺りを見回す彼の視界に飛び込んできた光景…それは、アマナが二重兵衛と殴り合っている様子であった。しかもアマナの方が“押している”ではないか。


「……何だ、僕は夢でも見ているのか?」


「残念ながら現実だよ」


「というか、あれが本来のアマナみたいね」


 たおやかな少女であるはずのアマナが、自分を負かした東方の忍者と互いに血だらけで殴り合っている。カスターの脳は目前の出来事を処理するのに手間取っていた。


 アマナは両掌を二重兵衛の腹部に押し当てる。


「これで……終わりよッッ」


 孤漫道絕技・神竜掌バハムート!丹田で練った氣だかオーラだかそういうものを掌から放ち、触れた相手の身体機能を内側から破壊する究極の技であり、開祖マイケル・リーすら生きている内に完成させる事が出来なかったという。


「ゴハァッッ」


 口腔・鼻腔・眼窩から血を噴き出し、二重兵衛の体は音を立てて倒れた。


「手強い相手だったわ……」


 倒れた二重兵衛に背を向けたアマナの視界に、カスターの姿が映る。


「カスター!気が付いたのね!!」


 鼻血と返り血にまみれたアマナが駆け寄ってくる。


「良かった…私の王子様……」


 自らを抱きしめる腕は細いはずなのに、服の上からでも伝わるほど“強い”。


「アナタは私が守護まもってあげるから!」


 血の化粧で彩られた彼女の笑顔に、カスターの心臓は萎縮ののちに大きく脈打つ。 これは恐怖ではない……恐怖の“その先”を目覚めさせられたのだ。


(僕は……彼女に、“支配されたい”ッッ!)


 と。


「だからカスター、私の傍から居なくならないで!」


「……誓うよ、アマナ。僕は……君のものだ」


 カスターを立たせた後、アマナは倒れた二重兵衛の元へと歩み寄り、アマナは掌から生み出したオーバーン焼きを二重兵衛の口にねじ込む。


「起きなさい、二重兵衛!」


 無理矢理オーバーン焼きを飲み込まさせられた二重兵衛は飛び退くように立ち上がり、 アマナと距離を取る。


「この快復力…まさに奇跡の菓子ですな……」


 先ほどまで死にかけていた自らの体を見ながら二重兵衛は続ける。


「何故、拙者を助けた」


「貴方が殺すには惜しい男だからよ!」


「今、平然と殺すとか言ったわよ?」

「“聖女”って何だっけ」


 パンセ・ポンセの言葉は無視してアマナは続ける。


「引き上げなさい。見逃してあげるわ!」


「待てアマナ!そいつは我が国に侵攻した罪人だ。捕らえて王宮に…アァ、ハイスイマセン……」


 カスターの言い分を、アマナはひと睨みで黙らせる。


「もっと強くなって出直しなさい。あなたにも、“私を奪い合う権利”をあげるわ!」


 アマナは再び右掌からオーバーン焼きを生み出し、二重兵衛へと差し出す。


「部下の二人にも食べさせなさい」


「その選択、後悔しますまいな?いや、後悔どころか悦びに変えてあげましょうか。タロウ・アマナ、近い内に必ず貴女を我が嫁に、そしてその菓子の名を今川焼きに改称させてみせましょう!楽しみにしておられよ!」


二重兵衛はオーバーン焼きを受け取り、部下に食べさせる。快復した部下が隠し持っていた煙幕弾を地面に投げつけると、忍者たちは煙と共に消えた。

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