第2話

─オーバーン王国領・森林地帯

 少女は森の中を彷徨っていた。どこへ進んでも草と木ばかり。自分はさっきまでこんな場所にはいなかったはずだ。では一体どこにいたのか?それが思い出せない。覚えているのはただ一つ。タロウ・アマナという名前だけだった。


「殿下!しっかり!!」


 女の高い声が聞こえてくるではないか。近くに人がいるのだろうか?今は藁にも縋り、渡りに来た船を無理矢理にでも乗りたいほど困っているのだ。アマナは声のする方へと進む。

 茂みを掻き分けた先に居たのは、3体の人影だった。


「何奴!?」


只人サピエント!?それに黒い髪に黒い目……東方人じゃないのか!?」


 男女一組の若者が問う。そして、その傍らには一人の男が横たわっていた。彼らはみな、アマナと同じ年頃ではあるが、色白の肌に青い目の人種である。


「……その人、具合が悪いの?」


 アマナが横たわる男の側に駆け寄り、その顔を伺う。血の気が引き、呼吸も荒い。見るからに苦しそうである。


「我々は、この森へ町に被害を出している魔物を狩りに来ていたんだ」


 弓を携えた戦士風の女が言う。


「魔物を倒したはいいけど、彼が毒液を浴びてしまったのさ」


 と、ローブ姿の男。彼らから事情を聞くや、アマナは目前の人物を何とか助けたいと願う。


 すると、


「えっ?」


 突如、光を放つアマナの右掌。そして間もなく掌には円形の焼き菓子が出現したではないか。


「これは…何だっけ……?」


 アマナはその菓子を知っており、それどころか大好物だった筈である。しかし、その名が思い出せない。


「何だそれは!魔法か!?」


「魔道士の俺でも、手からお菓子を出す魔法なんて聞いた事ないよ。っていうかソレをどうするんだい?」


 二人の問いに、アマナは……


「こうするべきなんだと思う!」


 と、半分に千切った焼き菓子を横たわる男の口にねじ込んだ。


「えええ~っ!!?」


 アマナの取った突拍子も無い行動に、驚嘆する二人。


「う…ん……」


 横たわる男が声を漏らす。よく見れば顔の血色も健康的になっていくのが解る。


「殿下!」


「気が付きましたか!?」


 殿下と呼ばれた男は目を開ける。


「僕は……魔物の毒にやられて……それにこの甘い食べ物は……?」


 男の視界に映ったのは、アマナの顔だった。


「まだ、あるわよ?」


 アマナは残り半分の焼き菓子も分け与える。


「ありがとう」


 受け取った菓子を頬張り、男は尋ねる。


「君は?それにこの菓子は?今までに食べた事のない味だ。是非とも知りたい、君の名も菓子の名も」


「私の名前はタロウ・アマナ……ごめんなさい。それしか覚えていないの」


「記憶喪失ってやつかい?」


「じゃあ、このお方が誰かも解らないね」


 二人の後に、倒れていた男が続ける。


「僕はカスター。この二人は部下のパンセとポンセ」


「王宮弓兵のパンセ。私が姉で」


「俺は弟で魔道士のポンセ。そして……」


 パンセは兜を、ポンセはフードを脱ぐ。二人には長く尖った耳が付いているではないか。


「種族はエルフさ」


 パンセ・ポンセはともに、右手を差し出し、アマナは左右の手でそれを握り返す。


「よろしくパンセにポンセ。そしてカスター……でも殿下って?」


「彼はこの国…オーバーン王国の次期王位継承者」


「カスター・ド・クリム殿下さ」


「よろしく、アマナ」


「お、王子様!?こ、これはとんだご無礼を……」


 頭を下げるアマナをカスターは止める。


「気にしなくていい。君は知らなかったのだし、僕の命の恩人なのだから」


 顔を上げたアマナはカスターと目が合う。改めて見てみれば、カスターは眉目秀麗な美青年である。


「アマナ、この後に行くあてが無いのなら、私とともに王宮へ来てくれないか。是非とも恩人である君に礼がしたい」

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