絶滅したニホンジン

ちびまるフォイ

いまだに絶滅していないもの

プシューー。


長期催眠カプセルが開いた。


「こ、ここは……?」


「おお! ついに覚醒したぞ!! ニホンジンだ!!」


周囲のやたら堀の深い人達は大いに喜んだ。


「ようこそニホンジン。君はコールドスリープされてたんだ」


「はあ。それでここはどこですか?」


「〇〇国だよ。君の出身地であるニポンはなくなってしまった」


「なくなった!? それじゃ俺以外の人は!?」


「ニホンジンは絶滅してしまったんだ。

 急激な少子化とハラキリ文化の果てにね……」


「そんな……」


「ニホンジンはこの世界でも特殊な人種。

 絶滅させるには惜しい。だからこうして復活させたのだよ」


「え……」


「ここはニホンジン保護区。君は今日からここで過ごすんだ!」


カーテンが開けられた。

そこはニホンジンのために調整された研究施設だった。


真っ赤な鳥居がいくつも立っていて、鳥居に龍が巻き付いている。

神社の横にお寺が併設されている。

ネオンが輝き、桜が季節とわず咲き乱れている。

ゲイシャロボットがそこかしこを歩いている。


「どうだい。かつて失われたニポンを再現したんだ。

 まるで故郷のようだとは思わないかね」


「なんかこう……コレジャナイ感が……」


「コレジャナイ感! Oh!! さすがニホンジン!

 なんてあいまいで抽象的で独特な表現!

 創造性豊かなニホンジンならではじゃないか!」


すぐに研究員達たちは録音をはじめる。

いまやニポンゴはロストテクノロジーなのだ。


「それで俺はこれからどうなるんです?」


「君は絶滅したニホンジンの最後のひとり。

 普段はここで生活していればいいけど、

 必要に応じて研究や調査に協力してほしい」


「まあそれはいいですけど」


こうしてニホンジン保護区での生活がはじまった。


基本的な行動や生活、言葉の発生にいたるまで

研究施設では常に監視と記録が行われている。


もはや書籍すら残っていないニホンジンの独特な行動に、

研究員たちは毎日驚かされっぱなしだった。


「Wow! なぜ彼は部屋に入るときに靴を脱ぐんだい!?」


「本で読んだことがある。ニホンジンは靴の消耗を防ぐため

 屋内では靴を脱ぐ習慣があると聞く」


「モタイナイ文化を重んじるニホンジンならではじゃないか!」


研究員達のヒートアップとは対象的に、

保護されている側のニホンジンは日に日に衰弱していった。


「はぁ……」


「どうしたんだいニホンジン。ぜんぜん食べてないじゃないか」


「食べたくないんだよ」


「ホワイ?」


「毎日毎日寿司ばっかりじゃないか!

 もう酢飯のかおりが手から離れなくなってるよ!」


「ニホンジンの主食は寿司だろう?」


「んなわけあるかぁ!!」


「ソーリー。気に食わなかったんだね。

 では次回からはニョタイモリで提供するよ」


「食品が変わってないじゃないか!」


いくらかつての日本文化を説明しても、

あくまで記録用として残されるだけで改善は行われない。


なぜか私服は侍スタイルで、髪型はちょんまげ。

種の保存だといわれ「マイコ・ロボ」をあてがわれる始末。

"カワヤ=トイレ"は和式でウォシュレットのひとつもない。


「こんな生活……もう限界だ……」


自分に埋め込まれた発信器の場所をさがし、

研究施設から脱出する方法を夜な夜な考えることで

このつらい日々を耐え抜くことができた。


そして、それは「テンプラ講習会」のタイミングで実行を決めた。


「ニホンジンが絶滅した今、テンプーラは無形文化遺産。

 その調理法は失われている。そこで君に作ってもらいたい」


「はい、わかりました」


「おお! これがテンプーラ!! なんて素晴らしい!」


全員が食い入るように夢中になったとき。

あえて高いところから具材を投入し、油を飛散させた。


「オーマイガー!!」

「ホット!」

「クレイジー!!」


周囲は大惨事となりスプリンクラーが作動。

水がゆだった油に直撃し、さらに惨事を広げる。

天地をひっくりかえしたような大騒ぎ。


まさに今がチャンスだった。


「おい! ニホンジンが逃げるぞ!!」


事前に下調べしていたルートをたどり、研究室の高い壁を超える。

壁の向こうは人里すらない森が続いていた。


「はぁっ……はぁっ……」


できるだけ遠くへ。

体力が続く限り走り続けたがそれももう限界。


視界の悪い森の中ではどこをどう進んだかもわからない。


ニホンジン保護区のほうからは警報が鳴らされて、

車両のエンジン音が離れていても聞こえる。


「ここまでか……」


どれだけ逃げたところで人間の足で逃げられる範囲は限られている。


まして自分とくれば保護区でぬくぬく育てられたもやしっ子。

追いつかれてとっ捕まるのも時間の問題だろう。


「ああ……短い自由だったな……」


サーチライトが自分を照らす。

そのとき、茂みの向こうから腕をひかれた。


「うわっ!!」


茂みに引きずりこまれ、サーチライトから逃れることができた。


「なにやってるの。あいつらに見つかりたいの!?」


「き、君は……」


「日本人よ。あなたと同じ」


「え!? 絶滅したはずじゃ!?」


「国はね。でも日本人はいろんな国に潜り込んで

 今もひっそりと生きているのよ」


「そ、そうだったんだ……」


「でも見つかったらあいつらにおもしろおかしい

 実験動物として扱われるだけ。だから隠れてるのよ」


「ああ……あれは地獄だった……。もう寿司は食べたくない……」


日本人は手を差し伸べた。


「で、どうするの?」


「どう、とは?」


「ここにいてあいつらに捕まるのか。

 私たちと一緒にきて集落で隠れ住むのか」


「そんなの決まってるじゃないか。

 もうあんなところ戻るわけ無い」


「決まりね。それじゃついてきて」


日本人は驚くほどの足の速さで、

樹木ひしめく森をすいすい駆け抜けてゆく。


「な、なんて速さだ……!」


ついていくのがやっとだった。

集落に到着すると絶滅したはずの日本人が待っていた。


「ようこそ。私たち忍者の村へ!!」



「いたんだ……やっぱり忍者はいたんだ!」


そうして自分も忍者となり、日本人救済のため暗躍することとなる。

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