第10話 もう一人の世話係

「え、い、いや、迷惑と言う訳じゃ……」

「でしたら、お食事だけは続けさせていただけませんか?」


 祈願するコウヨウに、愛実は首を横に振りながら否定した。

 その事に安堵の息を吐き、コウヨウは胸をなでおろした。


「良かったです」


 なぜ、そこまで安心したような表情を浮かべたのか愛実にはわからない。

 けれど、聞く気にはなれず、片づけを続けるコウヨウを見た。


 すべてを片付け終わったコウヨウは、「では、失礼いたします」と、部屋を後にした。

 一人残された愛実は、天井を見上げ息を吐く。


「…………まだ、わからない。私はここで、何をしていればいいのかなぁ」


 目的も何もわからない愛実は、一人でいる時、色々と考えてしまう。

 考えても意味のないことを考えてしまう為、苦しいし、辛い。


 自分がなぜここに呼ばれたのか。

 自分はここで何をしていればいいのか。

 現実世界ではどうなっているのか。

 自分の身体は生きているのか。


 わからないことが多すぎて、疑問が頭を埋める。

 答えのわからない疑問は、愛実の心も沈め、温もりを求めてしまう。


 ベッドに置かれていたクマを抱きしめても、人の温もりは感じない。

 どうしようもなく寂しくなり、体を丸めた。


「…………一人は、寂しいよ」


 呟くと同時に、扉が叩かれる。

 コウヨウが戻ってきたのかと顔を上げると、聞こえて来た声は違う。女性の声だった。


『愛実様、アネモネです。コウヨウの代わりにお世話に参りました。部屋に入ってもよろしいでしょうか』

「あ、はい」


 返事をすると、扉が開かれる。

 そこに立っていたのは、一度廊下で出会った事のある女性、アネモネだった。


 まだ、自己紹介程度しかしていないため、愛実は戸惑う。

 部屋に入ると、アネモネは無表情のまま愛実の目の前で膝を突き、見上げた。


「――――緊張しないでください」

「す、すません」


 コウヨウも言葉が少なく、最初は怖かった。

 その時の感覚になり、愛実は言葉が上手く出ない。


 しっかりとした挨拶をしないと。そう思うが、緊張と困惑で頭が回らない。

 喉が締まる感覚がある。そんな時、アネモネが愛実の頬に手を添えた。


「今回は、コウヨウに頼まれ来ました」

「え」


 目を開き、愛実は驚きアネモネを見返した。


「女性同士の方が色々話せるだろうと。いかがでしょう?」


 いかがでしょうと言われても……。

 愛実は、何と答えようか考える。


 表情は真顔。そのまま、愛実の隣に座り、顔を覗き込む。

 目は鋭いが、優しさが紛れており、愛実は目を合わせられた。


 綺麗な、藍色の瞳。見ていると吸い込まれてしまいそうになり、思わず目を逸らす。


 顔を逸らしてしまった。

 これは失礼だ、相手にとっては自分を見たくないと態度で示されたようなものだから。


 そう思うが、視線を戻せない。

 心臓がバクバクと音が鳴り、緊張で体がこわばる。


 あがり症で、初めて話す人とはうまく話せない。

 これは、中学校に上がってから酷くなっていた。


 小学校の頃は、色んな子と話すのが楽しくて、遊ぶのが面白くて仕方がなかった。

 そんな性格をしていたから、引っ込み思案で泣き虫な初恋の相手、紅葉と出会う事が出来た。


 それなのに、今ではこうだ。

 うまく人と話せない。それだけで、クラスの人たちは離れていく。

 これ以上、迷惑はかけたくないと思うと、またしても緊張してしまい喉が締まる。


 それを繰り返していると、愛実は一人となってしまった。

 高校では、最低限な会話をして、浮かないように生活を送り、何とか一人にならずに済んでいた。


 こんな性格のままでは駄目だ。

 今度会えた時に幻滅させられてしまうと、頭の中に紅葉を思い浮かべ日々頑張っていた。


 だが、ここにきて話しが変わった。

 現実世界では、まだ別れた人と会える可能性はある。けれど、こんな、非現実的な所では、絶対に合えない。


 紅葉に会いたい。会った時、恥ずかしくないような自分でありたい。

 そう思っていた愛実にとって、今は絶望的な状況。


 何を頭の中に浮かべればいいのかわからず、荒くなる呼吸を抑えられない。

 苦しくて胸を抑えると、後ろから手が伸びてきた。


 背中からぬくもりを感じる。

 優しくて、心地よい。安心するようなぬくもり。


 振り向くと、アネモネと目が合った。



「あ、あの、その」

「人の温もりは、気持ちを落ち着かせると聞きます。いかがですか、落ち着きましたか?」


 アネモネの言う通り、さっきまで波打っていた心臓が落ち着き始めた。

 呼吸も整い始め、体から自然と力が抜ける。


「す、すません…………」

「問題ありません。これが私達世話係の義務ですので」

「そう、ですか……あの」

「はい」

「もう、大丈夫ですよ?」

「…………まだ、落ち着いていないように見えます」


 アネモネに言われるが、愛実はもう落ち着いていることを自分でわかっている。

 これ以上迷惑をかけられないと思っていたら、アネモネがなぜか愛実の肩に頬をすり寄らせていた。


「あの、アネモネ。さん?」

「ッ!? も、申し訳ありません」


 すぐに離れ、赤い頬を隠す。

 恥ずかしがっているような様子に、愛実は思わずクスクスと笑ってしまった。


 笑っていると、じぅ~とアネモネに見られハッとなる。

 人を笑ってしまったと、後悔した。


「あ、あの。すみません。決して馬鹿にしたわけではなく…………」

「コウヨウが言っていた通り、お優しい方なのですね」


 ニコッと微笑んだアネモネに、愛実は頬を染めた。

 綺麗で、美しい微笑み。思わず見惚れてしまった。

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