そして妹が帰宅する

母さんが昼夜逆転生活をしていた理由――

それは母さんの仕事がダンジョン配信者であるためだ。


ダンジョンは夜になると出現するため、冒険者やダンジョン配信者の活動は自然と夜が中心となる。母さんの場合はダンジョン配信の他にも事務所との打ち合わせや動画編集の監修、アイドル活動(アイドル活動!?)もあるため、拘束時間が長くなってしまうようだ。


年齢詐称はともかく、家計を支えるためにずっと母さんが頑張ってきたという事実はこれまでと変わらない。


それに応えるためにも、来年こそは大学に合格しなきゃな。

これまでは独学で勉強していたが、予備校を探した方がいいかも……


と、俺がスマホで予備校の情報を探っていると。


「はぁー!? バッカじゃないの、お兄ちゃん!」


と、キンキンとわめく声がうるさい。


「誰が馬鹿だ。いや、馬鹿だから大学落ちたんだけどな……それはそれとして、お前に馬鹿と言われる筋合いはない。お前だって来年は高校受験だろ? 他人事じゃないんだからな」


「あたしは塾の成績いいし! っていうか、受験どころじゃないでしょ。ミハルちゃんだよ、ミハルちゃんッ!」


母さん譲りの茶髪に軽くウェーブをかけたショートボブが、俺の前で元気に飛び跳ねている。普段のギャルっぽい恰好とは違うリラックスした様子の水色のパジャマ姿で、リビングのソファに腰かけているのは妹の亜希(アキ)だ。


アキが塾から帰る時間なので遅めの夕食を作った。

今日の晩御飯はひき肉とスパイスで作るキーマカレー。

野菜はトマト缶だけのお手軽仕様だ。


食事を終えたアキの普段のルーティーンは、友達とオンラインのゲームを遊ぶか、配信者の動画を見るか、TVを付けてドラマかバラエティを見るか……といったところのはずなんだけど。


何故か、今日はソファでスマホをいじっていた俺の横に座って絡んでくる。


「ミハル? なんで星羽ミハル……さんが出てくるんだよ」


「昨日の配信、めちゃくちゃバズってるんだって! 予備校とか受験とかどうでもいいじゃん。むしろ、ダンジョン配信者で食っていこうよ。学校でもお兄ちゃんの話題で持ちきりだったんだから。あたしも色々聞かれちゃってさー♪」


「バズってるのは知ってるが……いや、ちょっと待て。お前、ミハルさんの配信に映ってたのが自分の兄貴だって学校でしゃべったのか?」


「うん」


「そういうの身バレに繋がるんだからやめとけって。いまどきのダンジョン配信者はみんなDネームを使って本名は隠してるだろ?」


Dネーム――ダンジョンネームの略。

現代ではコンプライアンス意識の高まりなどから、ダンジョン配信者であるかどうかに関わらず、冒険者はいずれも本名ではないDネームで活動していることが多い。


「俺も”イモータル・リュウ”として活動してるんだからさ」


「ダッサ……」


「待て、どこがだ」


カッコいいだろ、イモータル・リュウ。



「イモータル――「immortal」は定命や必滅を意味する「mortal」に否定を示す「im」を接頭辞として付けることで反転させた単語だ。意味するのは「不滅」「永久」、あるいは「神」。それに俺の本名であるリョウをもじったリュウを付けたわけだが、リュウとは「竜」――すなわち幻想の生物であるドラゴンのこと。これを繋げることで「不死の神竜」となるわけだが、リュウは流れる方の「流」と読み解くこともできる。そうなれば変化しないことを意味するイモータルと、変化を示すリュウという相反する二つの単語が、一つの名前の中に混在していることになるんだよ。考えてでもみろ、永遠不変と万物流転……説明が必要だな。いいか、万物流転――パンタ・レイとは、古代ギリシャの哲学者ヘラクレイトスが」



「うっさい、黙れ、ダサ兄貴!」


げしげし、とモコモコのスリッパを履いた足でアキは俺を蹴る。


「っていうか、そもそもさぁ。学校でチャンネル宣伝しろっつったのはお兄ちゃんじゃん。配信者を始めたばっかの頃に……あたし、嫌だったんだからね」


「なんだ、ちゃんと宣伝してくれてたのか」


ダンジョン配信者を始めたばかりの頃。

何をやっても登録者数は増えず、再生数は伸びず、配信をしても接続者は身内であるアキ一人だけ――そんな状況が続いた俺は、藁をもつかむ思いでアキに宣伝を頼んだのだ。


「でも、おかしいな……。アキが学校で宣伝してくれてたなら、どうして俺のチャンネルには登録者数が3人しかいなかったんだ?」


「Dネームがダサいから」


「そ、そんなことは……無いと、思うんだが」


アキは「はぁーっ」とため息をつく。


「なんでまた、こんな奴なんかにミハルちゃんが……」


「ん? あの子がどうしたって」


「ミハルちゃん、お兄ちゃんに惚れてるよ」


――はぁ?


「そんなわけないだろ! ミハルさんとは昨日……会った、ばかりだぞ!」


本当は初対面じゃないが。

俺もアキも、毎日顔を合わせているのだが……


アキは「いいや、惚れてるね!」と断言する。


「色んな配信者をずっと見てきた、あたしの勘が告げてる。ミハルちゃんのお兄ちゃんを見つめる顔! あれはねぇ、ビンビンに立ってるよ、ダン婚フラグがッ!」


「お前も一応は女の子なんだから……ビンビンとかダンコンとか、あんまり人前では言わない方がいいぞ」


「死ねっ、セクハラ兄貴!」


げしげし、とまた蹴られる。


「あたしは思うんだ。これが最後のチャンスだって。お兄ちゃんがマザコンを治して、まともな社会生活を送れるようになる、神様が与えてくれた機会だよ!」



――ちょっと待て。

聞き捨てならないことを聞いた気がする。



「誰がマザコンだって!?」


「え、自覚なかったの? マジで?」

と、アキは目を丸くした。

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