上手い話など、ない事に気付かぬ愚か者

「それでは詳細を、、、改めまして職業安定所特務嘱託員の立花ミユキです」

 

 職業安定所の職員である立花は、改めてそう名乗った。

 先程まで余裕がなかったが、改めて見ると恐ろしいくらいに姿勢良く座っている。薄く化粧をした小顔はびっくりするくらい整っていて、表情が全くないがその美しさに、一瞬、固まる。


「あ、はい、、、大山サトシです。よろしくお願いいたします」


 見惚れていた事を悟られないように、慌てて頭を下げる。


「まず、お気になさっていた、お母様の身柄は異世界転移ゲートがある、和華山県和華山市沖に作られた人工島内の最先端病院に移っていただきます」


 新聞やニュースを見ないサトシでも、そのゲートの事は知っていた。

 約30年ほど前に、日本の和華山県沖の無人島に現れたゲート。

 その時には、かなり悲惨な事故があったという事だが、今では法整備が進み、SNSや芸能界、ネットの世界で盛んに情報が発信されている。

 

 学生の頃は、サトシも異世界で俺TUEEEEEを夢見た事もあった。しかし、膿んだような日常の合間にお手軽な娯楽として消化するようになった。

 

 異世界ゲートが整備された人工島は、世界中から富裕層が我先にと移住を求め、地下は爆発的に上がり、世界で最も物価が高い場所であり、一市民のサトシにはネットでしか知り得ない場所である。


「え、、、あ、、、でもお金が、、、」


 サトシは話しかけるが、立花は続ける


「金銭面の負担はありません。正確には福利厚生の一環となります。猫ちゃんに関しては、病院のすぐ近くに無償で預かってくれるシェルターがあります。こちらは、富裕層のボランティア団体が無償でお世話をしてくれますし、お母様が退院後、または貴方が除た、、、契約終了時に引き渡されますし、逐一、動画をチェックする事も可能です」


 福利厚生と余裕ある富裕層の方々のボランティアという言葉に、職業経験のほぼないサトシは安心してしまう。

 そんな条件の仕事がまともであるはずもないのに。


「次に条件面です。半月の職業訓練を経て、ゲートを抜けて現地に移動致します。勤務先は異世界のゲートがある都市から、約120キロ離れた現地協力勢力の要塞となります。そちらにて、月2回の夜勤を含む勤務となります。基本、週休は2日ですが、こちらに戻ってこれるのは3ヶ月に1度の3日間休暇の時のみとなります」


 立花の声は何故か聞き取りやすく、理解力の高くないサトシが必死に渡された書面を確認しながらでも、染み渡るように理解できてしまう。


「給料は月に30万+手当。6ヶ月に1度のボーナスは2.5ヶ月分となります」


 その条件に舞い上がりそうになるサトシ


「あ、お、お願いします!それでお願いします!」


 慌てて返事をするが、立花は大きな眼で睨みつけながら窘める


「きちんと最後まで聞いてください、、、命がけのお仕事なんですから」


 その眼力に怯みそうになるが、後がないサトシは必死だった。


「な、なんでもやります!なんでも必死にやりますからお願いします!」


 その様子に何かを言おうとし、強い感情を抑えるように目を閉じたあと、諦めたように立花は書類を差し出し、母印での捺印を求める。


「3日以内に、ご家族にお別れを、、、3日後、お母様は病院から直接、こちらで転院します。猫ちゃんを連れて人工島に来てください。こちらが現地へのパスとなります。無くさないように」


 渡されたチェーン付きのカードを首からかけ、書類に母印を押し、諸注意を聞いて、説明は終了だった。


「あ、ありがとう、、、ありがとうございます!立花さん!勇気を出してきてよかったです!本当にありがとうございます!」


 精一杯のぎこちない笑顔を見せ、感謝を伝えるサトシに、椅子から立ち上がる立花


「大山サトシさん、、、貴方のご武運を心からお祈りしております」


 それは惚れ惚れとするような敬礼だった。

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