華麗なるシュタイン家(1/10)

  第三章 鉱山都市の昼間



 「お久しぶりですこと、バーネット元夫人。お元気そうで残念ですわ」


 ゾーイとセオドアがいる下階から遥か上方――。

 西区最上階の邸宅に嫌味な声が響いた。マホガニーの最高級の調度品に囲まれた一室で、貴婦人が扇をはためかせていた。


 貴婦人の名はカトレーヌ。

 高貴なるシュタイン子爵家の次女である。


 二十代の男児二人の母でありながら、子どもらしく溌剌とした雰囲気があり、年齢よりも若々しく感じられる。表情も女性というよりは童子のようで、着ているドレスも流行を取り入れつつ自分に似合うように仕立てられたものらしい。

 その貴婦人が、応接間の扉から現れた自身の姉を見て意地悪そうに片頬を釣り上げていた。優美な椅子に我が物顔で座っており、そのドレスがクッションを覆い足元まで広がっている。

 豪奢な応接間の主人、長女のマーガレットは、長椅子に座る次女を冷たい目で一瞥した。


 「お忙しい中おいでになり嬉しいわカトレーヌ。……アドルフォ、窓をお開けなさい。折角の若木の季節なのに、この部屋には腐臭が漂っているわ」


 執事のアドルフォが礼儀正しく窓を開けると、春の風がさあっと部屋の中に入ってきた。マーガレットは杖をつき、ヒールをカツカツと鳴らしてカトレーヌの対面に立った。


 「久しぶりに会う長女に対して、挨拶も何も無いのかしら?」


 次女カトレーヌは何か煮えたぎる感情をぐっと堪える表情をし、遅まきながら立ち上がった。スカートの裾を持ち足を引き、頭を下げる。


 「お招きいただき恐悦至極に存じ上げますわ、マーガレット・シュタイン子爵」

 「ようこそ、カトレーヌ・シュタイン嬢」


 型通りの挨拶をする二人は間違いなく血のつながった姉妹であったが、双方に漂う空気は実に冷めきったものだった。


 「アドルフォ、最近流行りの茶葉はグリマルデ国ペイリー地方のローズヒップなのよ。用意はある?」


 双方が椅子に座ったタイミングで、カトレーヌが瞳をぐるりと回して執事を見ると、執事は腕を胸の前に当てて目を伏せ、扉から出ていった。

 マーガレットは不快感を露わにし、肘をついて得意そうにしている次女を見やった。


 「わたくしの執事です。貴女に命令される権限などない」

 「ああら、我がお姉様から権限、などと言う言葉が出るとは、わたくし夢にも思いませんでしたわ」


 待ち構えた言葉尻を捕らえ、次女はぎらりと目を光らせて長女の目の前にずいっと顔を寄せた。長女は道端の隅にかき集められた馬糞を見るような目つきで末妹を見下ろした。


 「権限、権利。そう、そういう言葉を使う人は、誠実でなければなりませんわ」

 「カトレーヌ、驚くほどお前とは縁遠い話ね」

 「再三申し上げるようで心苦しいですが、わたくしは少なくともお姉様よりも相応しい人間であることを自負しております。……お父様が不治の病に倒れられた時、その看護をしたのは誰だとお思いですの。誰よりも尽くしてきたのはどなただとお思いですの。それは紛れもなくこのわたくし」

 「ふんぞり返って太鼓腹を叩き、お父様の世話をせよ、と従者に一言言うだけのことを、よくまあそれだけ美談にできるものね。いっそ驚嘆するわ」

 

 シュタイン家の長女はせせら笑った。次女は金魚のような目で長女を睨みつけた。激情が、った白目の部分で堪えているようだった。

 

 「親族共々、遺産がわたくしの元に入ることには賛同しております。散々お父様に楯突たてつき、どこの馬の骨だかと結ばれ、そのまま二十数年間行方知らず。病気になったという電報も知らんぷりをなさり、いよいよ死に際になったところで、厚かましく遺産目当てにのこのこと姿を現せた。お姉様に譲られるものは金貨一枚だってございませんわ」


 重厚な扉が開かれ、機械仕掛けのワゴンカートが規則的な音をたてながらやってきた。二人は水をさされ、会話を中断した。ワゴンカートの上には三段重ねのティースタンドが置かれ、一口大に切られたキュウリのサンドイッチ、キャロットケーキ、スコーンが円を描き小綺麗に飾りつけられている。白陶器のポッドには唐草模様が施され、執事がカップに注ぐとふわりと薔薇のいい香りが漂った。次女はカップを手に取り鼻を近づけると、自分の注文通りの茶葉が使われていることに気付き顔を歪めた。


 「お前がなんと言おうと、遺産相続は年功序列。長男であるトムは二年前に死去、序列はわたくしが一番上なのだから、どれだけ難癖を付けようと立場は揺るがない。せいぜい遅く生まれたことを嘆くがいいわ」


 カトレーヌは茶器を置いた。マーガレットが涼しい顔でお茶を飲む様をきっと睨みつけると、震える低い声で言った。


 「貴女は序列からとうに外れているのです。相続などあり得ません」

 「馬鹿なことを。わたくしは現当主です。口の利き方にお気をつけあそばせ」

 「貴女はシュタイン家と絶縁いたしました!」


 カトレーヌ子爵夫人はテーブルをガンと叩いて立ち上がった。中高年に差し掛かる婦人が、瞳を子どものように極大に見開いていた。今この場かぎりではない、何年ものり固まった恨みを募らせ、マーガレットを指差して声高に言った。


 「絶縁です。そう、貴女がおっしゃったのですわ! 自分はお父様の子ではないと、家族の目の前でおっしゃったのですわ! 貴女の軽々しい言葉が、どれだけお父様を悩ませ、傷つかせたか! 貴女の軽率な行いが、どれだけお父様の顔に泥を塗ったか! 貴女はもはや父の子ではなく、無論わたくしの姉などでも無い! 赤の他人がのうのうと、遺産だけ奪おうと図々しくシュタイン家の敷居をまたぐなんて、なんて汚らわしい! この恥知らず!」


 テーブルの上はティースタンドが倒れ、繊細に作られたケーキは弾き飛ばされ潰れていた。茶器はテーブルの足のところで転がり、絨毯の上には染みが広がっていた。

 カトレーヌは息を切らしていた。マーガレットは何も言わない。ただ両者の射抜くような目線が空中で張り詰めていた。

 カトレーヌは大きく息を吐くと、背筋を伸ばし、より冷静な声を出した。

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