恋人への条件

@ashleynovels

第1話(完結)

ストレートのまとめ髪に赤リップ、黒いドレスに上質なバッグ、彼女は今日もやはり隙がない。レストランの淡い光の中、白ワインを啜る姿がよく似合っている。

「ここ、いいね。知らなかった」

俺は洗練された内装を見回し、彼女に言った。デートの誘いは俺からとは言え、このレストランを選んだのは彼女だった。

「でしょ。ワインとパスタが美味しいの。……これ、どこ産だと思う?」

彼女は俺にグラスを差し出した。俺はそれを取って一口飲む。ワインはたまに飲むが、全く検討がつかなかった。

「……うーん、本当にわかんないな。フランス?」

「え、どうして?」

「……いや、結構当てずっぽうだけど。なんか、フルーティーな感じ?前飲んだやつに似てる」

「そう。合ってるよ」

「え、本当に?」

「よくわかったね。これはロワール産。なかなかやるじゃん」

彼女は楽しそうに笑う。赤リップの鮮やかな色に対し、その表情はごく自然で柔らかい。



今の声色とは対照的に、初めて会ったときの彼女のツンとした口調は今でも覚えている。

「賢い人が好きなの?珍しいね。賢い女は嫌われるのに」

そう言う彼女は確かに頭が良かった。学歴だけでなく、日常のふとした瞬間から、彼女の賢さは垣間見えた。



デートでの彼女との会話は、まるで謎解きのようでおもしろかった。

「……恋人に求める第一条件は?」

俺たちはゲームのように一問一答を聞いていったが、俺は核心に迫る質問を訊くのに少し自分の声が震えるのがわかった。

仕事での責任や収入、コネクション、彼女にあって俺にないものについて言われても困る。

俺はそう思いつつ彼女を見つめた。

「そうね」

彼女は口角を上げると、考えるように目を上にやった。

「第一ね」

彼女はしばらく目線をずらして考えているようだったが、あるとき、ぱっと目を見開いて俺の方を見つめてきた。その仕草はいつもの冷静な表情と違い、無邪気な様子が見えた。

「私との関係をあとで否定しない人」

彼女はそれだけを言い切って、俺をまっすぐ見つめてきた。

予想外の言葉だった。全く仕事に関わることでもなければ、その字面も不思議だ。どの本にも、映画にも、SNSにもなさそうな言葉を、俺は咀嚼しきれずに訊き返した。

「……おもしろいね。どういう意味?」

彼女はまだ笑顔を浮かべていたが、声色が少し変わったように見えた。

「……私が今まで関係を持ってきた人たちは全員、あとで私たちが過ごした時間や築いた繋がりを否定した。『真剣じゃなかった』『後悔した』『恋愛感情じゃなかった』とか、何回も言われたの。白々しく。……だから次付き合う人は、そう言わない人がいい。付き合う前から別れたあとを想像するのは変だけど、私は、別れたあとも私との関係や、私に対して抱いた感情や言った言葉を良いものとして覚えている人がいい。覚えていて、否定もしない人。そういう人と付き合いたい」

「……なるほどね」

俺はその回答になぜか笑みが漏れた。

「……なに?」

「……付き合ったあとのことを気にしてるのが、なんか君っぽいね」

彼女も笑みを浮かべた。

「そうかな。……あ、でもね」

彼女はさらに、俺のことを試すような視線を向けてきた。

「……ということはね、逆に私も、過去に大切に思った人のことを忘れるつもりはないの。……あ、未練があるとか、まだ連絡を取り合ってるとかじゃないよ。だけどただ、私は別の人を今までに愛した事実を否定はしない。……君がそれで気を害さないかはわからないけど」

「……俺はそういうところ逆にいいと思うけどね。昔好きだった人も今の君の一部だろ?」

その一言のあと、彼女はしてやられたとでも言うように眉をあげ、テーブルの上に出してあった俺の手を優しく触った。

「……そう。なかなか、本気なんだね」

俺は彼女の目を見つめて深く頷いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恋人への条件 @ashleynovels

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る