第12話
グリ-ン十字では新入社員の雇用を三か月間は試用期間、半年経ったら正社員に登用する規定になっていた。健一は晴れて正社員として登用されたのである。
すると、それを機に支店内異動があって、彼は営業第一課に配置換えになったのである。本社の決定であった。 会社としては、健一の今後に期待しての異動だったかも知れないし、恐らく支店長もその意向だったのであろう。だが、 一課の今井課長とは健一は全く合わなかったのである。課が異なっている頃からの因縁であった。
今井課長は福岡支店の熊本分室で係長だったのが、今回の人事で支店勤務の課長に昇格したのだった。今までも支店には会議の時に来ていたので面識はあった。何か人を見下した物言いといい、真面目にやっているのに遊び半分に仕事をしているとか、いちゃもんを付けられて辟易していたのである。今までは分室で離れていたので衝突しなかっただけだったのである。それでも、健一は三か月間は我慢して、真面目に働いていたのである。
それがある日、今井課長と支店内で二人切りになった時に、健一の態度に対して、今井課長が厳しい𠮟責を浴びせて、健一が立ち直れないほどに言葉で打ちのめしたのである。その日は健一は当直明けで支店にひとりで居たのである。朝早く、まだ誰も出勤していなかった。
今井課長は何故かその日は出張帰りで、朝早く支店に来たのである。
翌日から健一は会社を休んだ。もうこの人とは働けないと思ったのである。
次の日も、また次の日も休んだ。一週間経ってから先輩の中村さんがアパ-トに迎えに来てくれて
「二課に戻すと支店長が言っているので出勤しろ!」と励ましてくれたのである。でも、翌日に健一は退職届を提出したのだった。この時の
健一は人生で初めてのボーナスも手にすることができなかったのである。
グリ-ン十字を退職した健一は故郷に一度帰った。秋で農繁期だったので、両親の農作業をしばらく手伝うことにしたのだった。でも、隣近所の目もあるので、あまり出歩くことはしなかった。そして、『俺も親父同様、我儘な男だ!』と自己嫌悪に陥っていた。
十二月になった。健一は大学に行って、ゼミの浜口教授に仕事の相談をすることにした。先生に電話を入れて、ご都合を伺うと、いつでも良いと
「会社、どうして辞めたの?」
「はい。いろいろありまして」と健一は言葉を濁した。先生はそれ以上は何も聞かれなかった。そして
「実はね。生薬の樋口先生が大学を辞められて、いま、薬のタグチの学術部長になっているのだが、そこで、薬剤師を数人欲しいとたのまれていてね、良かったらいってみるね?大阪だけど」
健一は初めて耳にする話であった。在学中は良くお世話になった教授だ。でも、何で退職したのだろう?そして、何で薬局なのだろう?人生いろいろだなあ!と思いながらも「行きます、行きます!」と即答したのだった。
「そうね。いってみるね」と浜口教授は言われて、その場で樋口先生に電話をかけられたのである。少し、樋口先生と互いの近況を話されて、健一のことを頼んでくださったのである。お二人の話で採用は即決した様であった。
十二月十六日。健一は薬のタグチの大阪本部の人事課に居た。樋口先生と人事課長との面談を済ませたばかりだった。当面は東大阪市の若江岩田店で管理薬剤師としての勤務となったのだった。彼にとっては薬剤師国家試験に合格して、五月の末に博多保健所に取りに行った免許証を使っての初めての仕事だった。住居は店舗と道路を挟んで、向かい側にある会社が借り上げて、社宅にしている四階建てのビルの二階であった。二〇二号室だった。田舎から寝具等を送って貰い、大阪での生活が始まったのである。健一、二十四歳の師走であった。
彼は翌年の八月に若江岩田店の店長になり、店を三店舗、異動して、エリアマネジャに昇格したのだった。その後、東京本部に転勤となった。東京本部は中野区にあった。彼は横浜地区担当の地区長に任命されたのである。住まいは戸塚区にあるマンションを借りる事にした。
そして、ここで、彼の人生にとって、二番目となる転換をすることになるのであった。健一は薬のタグチに足掛け三年間在籍した。現在の生活に特別に不満がある訳でも無い。でも、何か物足りなさを感じて
健一は昭和四十七年の三月十五日付で薬のタグチを依願退職したのである。三年間の在職であったが退職金も頂いた。そして、【株式会社サンエ-】に入社したのであった。二十七歳での二度目の転職だった。配属店は開店したばかりのサンエー戸塚店であった。薬粧課の主任兼管理薬剤師としての勤務となったのである。これからはスーパ-マーケットの時代であると考えての転職だった。
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