平凡な男の記録(昭和20年生まれ)

本庄 楠 (ほんじょう くすのき)

第1話

 生まれて来た以上、自分の人生を能動的に、自分自身で決定して実行出来るのは自殺くらいのものである。それ以外は、すべて受動的である。いかに目標を持って計画を立てて、実行したとしても、自分の意志だけでは決まらない。

 運命は自分一人で決意しても、相手がおり、時代があり、環境もある。一人で決めて、一人だけで進んでいくことはできないものである。これは、極々ごくごく平凡な男の七十五年間の生き様である。


 健一は今年の年末で、仕事を辞めようと考えている。社長には三ヶ月前の九月の初めに連絡はしていた。社長も承知済みである。特別な理由がある訳では無い。いて言えば、そろそろ仕事と呼ばれるものから逃れたかったからかもしれない。今迄、良く働いて来たと思う。

 健一にとって働く事とは、その行為によって報酬を得ることである。それ以上のものでも以下でもない。そして、その報酬によって家庭運営をすることである。その運営には、衣、食、住の賄い、子供の教育、更には近年、年老いた親の介護も加わってきている。

 足掛け五十年(半世紀)、健一は休むことなく仕事をして来た。彼は、幸い、薬剤師であったので、定年退職者の悲哀や煩わしさを感じることは無かった。希望すれば、頭がしっかりしていて、身体を動かすことが出来れば、まだまだこの先も仕事は続けられたのであるが、敢えて、今年で区切りをつけたかったのである。特に大きな意味は無く、五十年という区切りの良さと七十五歳と云う年齢であった。

 今年(令和三年)の日本人の男性の平均寿命は八十一・四歳らしい。そうであれば、平均寿命まで生きることが出来たとしても、残りは、僅か六年しかない事になる。

 自分の人生、自分の思いのままに生きられるために残された時間はたったの六年!しかないのである。

 健一は改めて、その短さに唖然としたのである。

 七十五年は過去のもので、もう取り戻せない。そうであれば、これからの六年、自分が納得できる生き方をしてみようと固い決心をしたのである。そして、今後の目標を設定する事にしたのだった。

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