『宇宙特配便』
やましん(テンパー)
『宇宙特配便』
地球のコンビニエンスストアから発送した荷物は、月なら翌日、火星なら2日、木星圏域は4日、土星圏域なら6日で到着する。
しかし、これだと、木星圏域から先になると、生鮮食料品や日持ちしないお菓子などは、間に合わないから、たいていは、同じ名称でも、実際には地元で生産したものを使って作ることになる。
それでも、地球のものを食べたい、地球のものを贈りたいという切実な希望はあるものである。
例えば、土星の衛星イアペタスのアパートに住んでいる、重病で動けず、もう先があまり長くない方とかが、懐かしい浅草のおいも菓子とか、今治のあんこ饅頭とか、わりに賞味期限が短いお菓子を、とにかく食べたい、あるいは、食べさせてやりたい、と希望しても、なかなか、間に合わないのである。
そこで、ついに登場したのが、『宇宙特配便』である。
これは『時空の抜け穴』と呼ばれれる、特殊な空間を利用するのだ。
もちろん、それは、地球人類のテクではない。
『宇宙海賊カバ・ヤーキ』だけが持つテクニックである。
ただ、今はまだ、試験期間で、小さなものしか運べない。もちろん、生き物は運べない。結果がどうなるか、保証ができないからでもある。
また、『カバ・ヤーキ』の正体も一般には分かってはいない。おそらくは、タイタンのギャング組織の別動隊くらいに視られていた。
ただ、どういう仕組みか分からないが、地球当局は、『宇宙特配便』を、すでに承認していた。
多額のリベートやら、宇宙ピーナッツやらが飛び交ったとも、噂される。
しかし、利用料金は、安くはないが、市民が使えないというほどでもない。
地球から、イアペタスまで、饅頭2箱で、配達料金は、30000ドリムほどである。
エンケラドスの地下スーパーで、単純作業にて働いていたやましんには、給料が80000ドリムほどなので、ほぼ、無理なわけである。
地球に仲の良い知人もなく、親戚もないから、なおさらである。
しかし、さすがに、よるとしなみには勝てず、やましんは、ついに退職して引退することとなった。
やましんは、地球には、もはやコネクションがなく、帰る場所もないし、現在地球は、歴史上稀な物価高になっていて、地球外居住地暮らしの人々は、よほどの財産や持ち家があるとかのエリート層を除き、帰る当てはないのが普通であったし、まして、地球に暮らしたことがない『アウターアース人』は、帰る希望も持たないのである。
しかし、やましんは、地球出身であり、40年地球で暮らしていたから、懐かしいものは沢山あった。
一度地球に帰りたかったが、とてもではないが、運賃が払えそうもないし、ホテル代もなおさら無理そうだった。
それで、まだ、サービスが始まって間もない、『宇宙特配便』を利用してみようと思ったのである。
こんなすごいことは、『一生にただ一度だけ』のことである。
やましんは、近くの八百屋さんに頼み込んだ。
『あらま、そんなことは、わかんないべな。やったことないぞな。まあ、中央市場にきいでみるがら、しばらくまて。』
八百屋のご主人は、まことに良い人だったのだ。
すったもんだはしたらしいが、町の土星大学の学生さんも援助してくれて、地域最初の『宇宙特配便』を実現させたのだった。
なんせ、始めてということもあり、町役場も援助してくれたのである。
世間が、そんなに、優しいなんて、思ってもいなかった。
注文したのは、まるや菓子店の『堅焼せんべい』である。
学生時代の思いでのおせんべである。
相手も始めての利用だったらしく、興味津々なようだったらしい。
そのあと起こったことは、歴史に記録された。
異次元空間から出現したおせんべは、なんと、50倍に膨れ上がったのである。
それはもう、食べがいがあった。
料金は、変わらずである。
このことをもって、『宇宙特配便』は、その後、格段の進歩を遂げたのである。
🍘
『宇宙特配便』 やましん(テンパー) @yamashin-2
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