立石-盗撮映画の話

 映画サークルの副部長、立石。

 数合わせに呼ばれただけだから話してサクっと帰る。怖いかは知らんがこの会の主催者直々に話せと言われた話だから文句は受け付けん。


 俺らのサークルは撮ったり作ったりする『創作派』と、ハリウッドから自主製作まで色んな映画を見る『考察派』って二つの派閥に分かれてるんだが、考察派の方でだいぶ前から引き継がれてるキショいVHSのテープがあるんだ。

『盗撮映画』って呼ばれててな。名前の通りどこかの劇場で上映されてる映画をなにかのカメラで盗撮してるやつなんだ。法律とか諸々にはいったん目を瞑ってくれ。おそらくそれが制定される前のブツじゃないかとは思うし、それをした張本人は少なくとももうこの大学にはいないだろう。二十年以上前からあったらしいからな。

 映画のジャンルは時代劇……らしい。らしいってのは、そう伝えられてるからで、言いよどんだのは俺も納得していないからだ。時代劇って言えば、詳しくない奴でも思い浮かべられるようなチャンバラシーンがあるわけでも、町娘やら行商人やらごろつきやら岡引やらとの交流があるわけでもない。


 ただ、暗い森の中を侍が歩いていく。それをただ後ろから移しているだけの映像なんだ。

 獣道って言うのがぴったりな道だ。刀を道中で木にぶつけたりひっかけたりするシーンもあれば顔に蜘蛛の巣がかかったのを払うシーンもある。その時の顔が忌々しげというか、嫌ではあるが仕事だからと言わんばかりの苦虫を噛み潰したような顔でな。音も台詞もなく顔だけで伝わる。良い演技だと思ったよ。本心のようだとな。

 全部で十三分の短いそれは十分まではそんな映像が続いていき、唐突に、鐘の音が聞こえる。

 歩いていた侍がびくりと体を強張らせて、刀に手をかけて背後のカメラを振り向き、この世のものでもないものを見たような顔をして獣道の奥へと逃げだしていく。

 その後は手に持った刀を手放せずそこらの木にひっかけては転びかけ、枝に髷をひっかけて髪も乱雑になり、着物も泥にまみれて駆けていく侍を、一切のブレもなく同じ速度で追いかけていくカメラの映像が数分流れて終わりだ。映画がそこで終わるのか、盗撮してるやつがそこでやめたのかは知らんがな。


 さて、ここまでなら意味のわからない映画だが、曰くがあってな。十分の鐘の音なんだが……聞こえるやつと聞こえないやつがいる。そして、聞こえたやつはほとんど侍の立場になる夢を見るらしい。後ろから何かの足音や木の枝を踏み折る音、ガサガサと草木をかき分ける音、そして、鐘の音が何度も何度も規則的だったり不規則だったりに鳴るのを体験して、テープの終わるあたりの時間で目を覚ますらしいぞ。

 ちなみに俺は聞こえなかった。何回見てもな。だから半信半疑だ。この話を『怖い話』として語ろうにも俺には怖いと思うことがないからな。俺も『創作派』だからか、侍役の恐怖の対象をカメラに写さずに恐ろしさを表現する手法の方に興味が向くし、やはり、体験しなければフィクションだ。

 でも、見たやつの中には、トラウマになってたり、不眠症になったり、精神科に行ったりしたやつもいるらしいからもちろん無理強いはしない。昔みたいに年功序列の強制視聴なんてやろうものならどこで炎上するかわからないし、俺の趣味でもない。

 だけど、まあ、伝えろって伝わってるからな。興味があるやつがいたらこの会で聞いたって言ってサークルまで来てくれ。自己責任を約束できるなら見せてやる。


 ……という感じでこの映画の概要の説明は終わり。話を締めくくりたいが、怖いと思った理由を語らなければいけないんだったか。俺はさっきも言った通りこの映画を怖いとは思わないんだが、この話をしてくれと頼んできたやつが言ってたのは怖いと思ったよ。


「なんで盗撮のやつを遺したんだろうな。編集もしないならオリジナルを遺せばいいのに」と俺が言ったら、そいつはきょとんとしながら言ったんだ。


『映画はきっと無音だよ。だって鐘の音が聞こえない人はずっと無音なんだろう?映画由来の怪奇現象が録画した後もさらに変化があるとは思えないから、鐘の音はこれを盗撮している人が入れた音だと思う。きっと、夢で追いかけてきてる人はその人だよ』って。


 最後の追いかける云々は体験してない俺がコメントするのはアンフェアだからスルーするが、そういう発想ができる頭してるそいつと……自分の創作物が勝手に呪いの道具にされてたらって思うと、怖いなと俺は思ったよ。


 終わりだ。

 次のやついいぞ。

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